◇27.平穏なる魔王城ライフ
全魔族集会でのスピーチ以来、魔王城の魔族たちから話しかけられるようになった。
それは私が「魔王様と良好な関係を築いている婚約者」と認識されたからであり、魔王が「トレイシアが魔界に慣れるまでそっとしておくように」のお触れを解除したからでもある。
後者だけだったとしたら、きっと積極的に私に関わろうという魔族は出てこなかったと思うので、やはり魔族たちの心証を改善できたのが大きいだろう。
まあ、話しかけられると言っても、魔王城ですれ違う使用人の皆さんからは、「おはようございますトレイシア様」「カプ推しですこんにちは」「身長差カプ好きですおやすみなさいませ」と、にこやかに挨拶をされるくらいだが(ちょっと分からない単語もあるけれど笑顔なところを察するに挨拶の一種と推測)、それでも姿を見た途端にそそくさと逃げられていた頃に比べれば、空気の温かさが段違いである。
さらに嬉しいことに、一緒にお茶をする相手もできた。
「遅いわよ、トレイシア!」
「せやかてペローネ、集合時間の五分前でオリハルコン」
「私は三十分前から着席していたわよ!」
ぷりぷりと怒っている彼女は、ペローネ。
例の犬耳令嬢である。
あのスピーチのあと、各自ハンカチを握り締めた犬耳・角あり・蛇半身の令嬢三人組が潤んだ瞳でやってきて、真ん中の犬耳令嬢が「勝たん勢代表であるこのペローネが、あなたを魔王様の魅力を理解している者として一応は認めてあげてもいいわよ。渋々よ。別にさっきの熱い演説で感動とかしてないから、勘違いしないでよねっ!」と涙声で言い、それからちょくちょくお茶に誘ってくれるようになったのだ。
彼女のツンツンした態度は相変わらずだが、魔王城で私を見かける度に「魔界には慣れたの?」「もう、服にモリス様の毛が付いてるじゃない。払ってあげるわ」「人間ってお茶如きの温度で舌を火傷するんでしょう? ちゃんと冷ましてから飲みなさいよね」等々、何かと気にかけてくるあたり、一度懐に入れた者に対して情が深い性質らしい。
今日は約束の三十分前から待機してくれていたという事実に微笑ましい気持ちになっていたら、ペローネは「何よ突っ立ったままニコニコしちゃって気味悪いわね。さっさと座りなさいよ」と、ツンツンした態度で椅子を引いてくれた。うん。優しい。
なお、大体ペローネと一緒に現れるホリー(角っ子)とスニー(蛇っ子)の姿が見えないので訊ねたところ、「あの子たちは再来週の即売会に向けて魔王様アンソロを作っていて修羅場だから欠席よ」とのことだった。
何のことやらよく分からなかったが、魔界には魔界の文化があるのだろう。またホリーとスニーもいる時に詳しく聞こうと思う。
庭園に設えられた席につき、ペローネがいそいそと注いでくれた紅茶を一口飲む。ああ、魔界でもこうして穏やかに過ごせるとは。腹の探り合いなく純粋に会話を楽しめる分、宮廷でやんごとなき皆様とお茶会をしていた頃よりも、遥かに気楽で心地好いとさえ言える。
エスタル王国に残してきた侍女たちへ送る手紙に「魔界でも友人ができました」と書こう。「楽しく過ごしています」とも。
「ペローネには感謝しきれナイト」
「な、何よ急に。お茶を淹れただけでしょ、全く人間というのは大げさな種族なのね。別にあなたのために淹れたのではなくて私が飲みたいから最高級の茶葉を使っただけだから勘違いしないで欲しいけどまあともかく存分におかわりしなさいよね」
「いやお茶やなくて。いやお茶もやねんけど。あのスピーチのことでおま」
「うん?」
「全魔族集会のスピーチ、ペローネが焚きつけてくれたおかげさまで、登壇できたゆえ。あれがなけりゃ、わてが魔族の皆に受け入れられるのに、もっと時間が掛かりしものと推測しますので」
「ふ、ふん、まあそうね、私のおかげよね。分かってるじゃない」
まんざらでもなさそうな顔で紅茶を飲むペローネ。椅子からはみ出している尻尾(ペローネには犬耳だけでなく犬尻尾もある)をちらっと窺えば、案の定ぽふぽふと左右に揺れていた。癒しである。
「でもね、トレイシア」
ペローネはカップを置くと、真面目な顔になって言った。
「魔族の皆に受け入れられたっていうのは、まだ早計かもね」
「……皆ではない、と?」
「ええ。あなたは魔王様を尊いと思っている。黒髪ロングイケメン魔王しか勝たん勢は、あなたを意志および推しを同じくする仲間として迎え入れたわ。私たちは同担拒否はしないから。むしろ同担が増えるのは嬉しいから。もう人間だからとあなたを下には見ない。そして魔王様を愛し、魔王様に愛される婚約者だということも認めたわ。何なら公認カプよ。多くの魔族が壁となってあななたちを見守る段階に入った。勝たん勢代表であるこのペローネがそれを保証しましょう」
「ちょっとよく分からない単語が幾度か混入した気もするが、はい」
「勝たん勢は皆、他の勢力も概ね、トレイシアを支持している……でも、あなたを快く思っていない魔族も、少数ながらまだいるわ」




