◇23.魔界にも令嬢がいたらしい
モリスさんと話すために下げていた目線を前に向けると、貴族らしい華やかな装いの令嬢が三人、道を塞ぐように立っていた。
概ね人間と変わらない見た目だが、ひとりは額に角があり、ひとりは耳だけ獣のようにふわふわしており、ひとりはドレスの裾から足ではなく蛇めいた下半身が見えており、彼女たちは間違いなく魔族だと分かる。
私は感動した。
魔界に来て初めて、魔王とモリスさん以外の魔族から声を掛けられた……!
いや彼女たちの視線の刺々しさから相手が歓迎ムードではないことはひしひしと伝わってくるのだが、事象自体にはつい感動してしまう。
しかも普段見かけるのは使用人っぽい魔族だけだったから、そうではない魔族もいるのだという発見にも感動した。おお、魔王城にもいたのか、やんごとない令嬢系。
「ご機嫌よろしゅうおま、皆の衆。わて、トレイシア申します」
くくく、ついに魔界で人脈を作る機会が来たぞ……と胸の中では舌なめずりをしつつ、顔には友好的な笑みを浮かべて挨拶をしてみたら、彼女たちは鼻白んだ様子になった。
おかしいな。にっこりしているはずなのだが、なぜ怯まれているのだろうか。内心がっついていることが滲み出ていたのだろうか。
「な、何よ、にこにこしちゃって気色悪い」
「私たちが魔族だって分かってないのかしら」
「怯えるかと思ったのに……」
なるほど。こそこそと仲間内で話す内容から察するに、彼女たちは私が魔族相手に怖がるものだと踏んでいたらしい。
もしも魔界に来る前の私だったなら、彼女たちの期待通りに、一目で魔族と分かる彼女たちの姿に多少なりとも身構えたと思う。
しかし、私はこの一か月間、魔王の特大の魔族的威圧感を間近で浴び続けてきたのだ。それにすっかり慣れてしまった今となっては、ちょっと角が生えてたり犬耳だったり下半身が大蛇っぽいくらいの彼女たちでは、いまいちインパクトが足りなかった。いっそ可愛らしく見えるくらいである。
特にふわふわ犬耳の令嬢に関しては、魔族慣れした私でなくとも百人が百人可愛い判定しそうなほどの、むしろあざとい可愛さを感じる。あざと可愛い連盟を私と組んで仲良くお茶会でもしてくれないだろうか。お互いに高みを目指せると思うのだが。
「え、私の角見えてるわよね? 人間の視力って思ったより悪いのかしら……」
「っていうかさっき魔族語を喋ってなかった?」
「なんか絶妙というか微妙というか珍妙な訛りがあったけど……」
期待通りに驚いてあげられなくて申し訳ないなあ、概ね魔王のせいだから許して欲しいなあ、いや私だって目の前に巨大な竜が降り立ちでもしたら悲鳴を上げる自信はあるんだけどなあ、などとつらつら考えつつも、こちらの友好の意志が伝わるよう笑顔を維持していたら、三人のこそこそ話は終了したようで、犬耳の令嬢が「ちょっとあなた」と喧嘩腰で一歩踏み出してきた。
「私たちの言葉が分かるの?」
「せやな」
「……なんで変に訛ってるのよ」
「おっと、こいつぁ失敬。イントネーション等の細かな部分がまだ熟練不足。お聞き苦しいやもしれませんが、とりま許せ」
「いやそれイントネーションどころの間違いじゃないからね?」
犬耳令嬢は困惑気味だったが、両側に控えた角のある令嬢と蛇っぽい令嬢に「きっと田舎者だからですわ!」「気にしたら負けですわ!」と励まされたことで元気をもらったらしく(素直)、また負けん気の強そうな顔で私を睨みつけてきた。
「ふん。ちょっと怖がらせてやろうかと思ったけど、話が通じるのならそれはそれでけっこうよ。しっかりと文句を言ってやるわ」
「文句」
「ええ。私たち、あなたがとっても気に食わないの!」
私は感動した。
面と向かって嫌悪を示すとは、なんて真っ直ぐな令嬢たちなのか……!
私が生きてきた宮廷社会においては、笑顔で相手を陥れ、仲良くなりたいわの裏に蹴落としてやるぜの意志を隠し、味方の顔をして敵に回る、そういう人々ばかりだった。
嫌う相手に「嫌い」だと正面切って言うような率直な奴は生き残れない、感情をさらけ出した者から足を掬われる、そういう世界。それが普通だと思っていた。
しかし、この魔界の令嬢たちときたらどうだ。
登場時から敵意を隠さない眼差し、いまいち音量を絞れてないのでまあまあ丸聞こえのこそこそ話、正面切って堂々と文句を言い放つ愚直さ。さすが、あの魔王が治める国なだけある。
感動で思わず俯いて胸を押さえていたら、文句 (というほどでもない)を受けて私が傷ついたと思ったらしい彼女たちは(悪意の閾値が低い)、「もっと言ってやりましょう!」「ぎゃふんと言わせてやりましょう!」「ええ、そうね!」と俄かに活気づいた。いちいち素直な彼女たちが眩しくて困る。
「す、少しお待ちを、皆様」
と、ここまで空気だったモリスさんが声を上げた。




