◇22.全魔族集会 向かう途中にて
本日は魔王城で月に一度開かれる、全魔族集会の日らしい。
大勢の魔族が一堂に会して何をするのかと思えば、『今月の魔王城の標語』の周知や、『今月のいいお話』の発表をするのだという。そんなに平和でいいのか魔王城。
まあ、この雰囲気だけ冷酷中身お人好しハートフル魔王が頂点に君臨して上手く回っている国なのだから、魔族全体がそういう平和な気質であっても不思議ではない。
開会まで時間に余裕があるので、例の如く暇な私は自室のソファに寝そべり、のんびりと読書を満喫することにした。
エスタル王国では清楚で可憐な姫を全力でセルフプロデュースしなけばならなかったので、侍女が見ている手前、このような淑女らしからぬ怠け切った姿はとても晒せなかった。
だが、魔界における私の自由さと言ったらどうだ。ごろごろと過ごす時間。至福である。
ちなみに私が読んでいる本は、王都で流行した恋愛小説だ。
タイトル『お前を愛することはないと言ったはずの伯爵様が華麗に前言撤回して溺愛生活に持ち込んできた件~下巻~』。
簡単に言うと、最初は冷遇してきた政略結婚相手となんやかんやあって幸せになる物語である。
エスタル王国で下巻を読めないまま魔界に来たことをほんのりと心残りにしていたのだけれど、駄目もとでモリスさんに「こういう本ある?」と聞いてみたら、あっさりと「下巻ですな!」と入手してくれたのだ。
魔界に来る前、私はこの手の小説をできる限り読んできた。実際に魔王を目にした王国の人々や女王陛下の話から、魔王を冷酷無慈悲な男と想定していたため、冷たい態度を取る婚約者の人心掌握のコツを学ぶべく、教材として読み漁ったのだ。
魔王との婚約話が出る前は、冒険小説ばかりを読んでいたのだけれど、いざ手を出してみれば、恋愛小説もなかなか面白い。
侍女たちが「えっ、トレイシア様もついに恋愛ものにご興味が? えっ、お前を愛することはない系をご所望と? これがお勧めですぅ!」と熱く語ってお勧めタイトルを列挙してくれたのも納得である。
なお、実際の魔王は初日から友好的だったので(ウェルカムドリンクを手渡してくる等)、魔王攻略指南書としては毛ほども役に立たなかったが、純粋に娯楽として楽しむ分には問題ない。
昨夜のハーブティーの時間で聞いた話だと、どうやら魔王も人間文化を勉強する教材として、恋愛小説を読んでいるようだ。人間の出版物は魔界でも出回っているらしい。モリスさんがあっさりと下巻を入手できたのも納得である。
魔王は教材にどういう本を選んだのだろう。魔王が読み終わったら私も読んでみたい。お願いしたら貸してくれるだろうか。いやあの魔王のことだから快く貸してくれるだろう。同じ本を読んで、感想を言い合って、共通の話題で盛り上がってみたら、きっと楽しいと思う。
魔王があのスンとした真顔で「分かるぞトレイシア。信頼していた文官が実は暗殺者だったかと思いきやまさかの生き別れの兄と判明してからの怒涛の展開には、余も胸が熱くなったぞ」と感動を共有してくれる様子をありありと想像できて、知らず頬が緩んでしまう。
魔王は感動したとき、角をどんな風に光らせるのだろうか。
星空のように煌めいたり、派手に七色展開で光ったりする、あの素直で純粋な魔王は。
――トレイシアは輝いて見えるほどに愛らしい、
つい、昨夜のできごとを思い出してしまった。色々と恥ずかしくなって、ソファに寝ころんだまま両手で顔を覆う。
「もう! この! ド天然自然派タラシ野郎!」
独り言を叫んで身悶えしていたら、もこんもこん、と扉がノックされた。
衝撃の大半が柔らかく吸収されてしまってノックの意義を微妙に果たせていないかもしれない特徴的なノック音なので、誰の訪問なのかすぐに分かる。私は何事もなかったかのように身を起こし、淑女然とした優雅な声で応じた。
「へい。モリス氏か」
「はい、トレイシア様。お迎えに上がりましたぞ」
集会の時間が近づいていたようだ。モリスさんの引率で、全魔族集会の会場である音楽堂へと向かう。魔王は一足先に特等席で待っているとのことだ。
道中、「魔王様はトレイシア様のためにハート型のクッションを用意なされて、あっこれサプライズだった、な、なんでもないですぞお!」と、モリスさんが宰相らしからぬ迂闊さで口を滑らせたので、私は「おっと、えらいすんまへん、窓の外に気を取られて露ほども話を聞いてナイト」とフォローしつつ、到着したら魔王にはクッションの可愛さについて言及しよう、と心積もりをする。
相手が気付かれたくないことに気付いていない振りをすること及び相手が気付かれて欲しいことに大げさに気付くことは、できる淑女の基本動作の一つである。
「しかし魔王城の敷地に音楽堂を建てるたぁ、魔王様は音楽が好きでやんす?」
「はい! 定期的にコンサートも開きますぞ」
「ほうほう。魔王様は音楽鑑賞が趣味なるですね」
「はい、定期コンサートは毎回大人気御礼ですぞ。何せ我らが魔王様は、歌って踊れる魔王様ですからな!」
「魔王がする側だった件」
「もちろんペンライトは推しカラーである紫を皆が選びますから、会場が紫一色に染まりましてなあ」
「ペンライトってなんだ。推しカラーってなんだ」
世間話をしながら歩いていたら、「お待ちなさい」と、険のある声が聞こえた。
次話、令嬢キャラ(×3)が華麗に登場いたします。
さて、前回のあとがきで「サブタイトルの変化に気付いた方にはモリスが拍手」と言ったところ、感想欄にて複数の方から「気付いたよ!」とご報告いただいたので、さっそくモリスに伝えました。
モリス「全力で拍手いたしますぞ!」
もこっ……もこっ…(←拍手音)。




