◇24.同担
令嬢たちは今やっとモリスさんの存在に気が付いたらしく(何せ小さい)、「あら」「モリス様」「いらしたの」と軽く驚いている。宰相の扱いがこれでいいのか魔王城。
「黒髪ロングイケメン魔王しか勝たん勢の皆様が、人間であるトレイシア様を魔王様の婚約者として好ましく思っていないことは、重々存じておりますぞ。ですが……」
「モリス様は口を挟まないでくださいませ!」
「これは勝たん勢の問題ですわ!」
「私たちはトレイシアとやらと話しているの、宰相の出る幕ではなくてよ!」
「あっ、はい」
令嬢たちの剣幕に押され、モリスさんはすごすごと引き下がった。宰相とは。
しかし、モリスさんが口を挟んでくれたおかげで分かったことがある。
彼女たちは「黒髪ロングイケメン魔王しか勝たん勢」なる派閥(派閥……?)に属しているということだ。名称から推測するに、魔王を強く支持している者たちなのだろう。
つまり、彼女たちの「文句」の理由は。
「ねえ、トレイシアとやら。あなたは国に言われて、魔王様の婚約者になったのでしょう? よりにもよって『仕方なく』!」
「魔王様の素晴らしさも理解できない人間のくせに、魔王様のお相手になろうだなんて図々しいのよ!」
「最高に気高くてお優しくて格好良くて尊い魔王様の相手が、魔王様を愛していない女だなんて許せないわ!」
やっぱりだ。
私は「嫌々で魔王と婚約した人間の姫」だと思われているのだ。
彼女たちはあの魔王が大好きだから、私に敵意を向けているのだ。
長らく魔族を敵視してきた人間であることが、この婚約が政略結婚であることが、大事な魔王の結婚が相思相愛の幸せなものではないことが、彼女たちには許せないのだ。
ここでも私は感動してしまう。政略結婚なんて珍しくもないだろうに、想いが伴わない婚約なんて普通だろうに、気持ちは優先するものじゃなくて制御するものなのに、彼女たちにとっては、そうじゃないことに。
きっと彼女たちには、「魔王様は大切だから魔王様の気持ちも大切にする」とか、そういう生ぬるい思考しかないのだろう。
いいと思ったからそうする、それだけの理由で動ける魔王と同じで。
「だからあなたに恥を掻かせてやろうと思ってね。今から始まる集会の『今月のいいお話』に、あなたを出してあげるわ!」
「あなたを代役で出すよう、今日のいい話当番には根回し済みよ!」
「ちょっとは魔族語を話せるみたいなのは計算外だったけれど、まあその程度の話力ならロクな話もできずに笑われるのがオチよ!」
おほほほ、と高笑いする令嬢たち。あのね、そういうのは事前に言っちゃいけないんだぞ。何も知らせずに壇上に立たせて右往左往させる方が効果的なんだぞ。とことん陰湿な嫌がらせに向いてない令嬢たちだな。
「あなたがどうしても嫌だと懇願するのなら、やめてあげてもいいけどね!」
しかも嫌だと言えばやめてくれるんかい。
全く、この連中は本当に生ぬるい。根底の善良さが透け透けである。こういう連中は軽くあしらっておしまいにするか、便利に使って然るべきなのだけれど――。
「よろしゅうおま」
けれど私は、彼女たちと単純に仲良くなりたいと思ってしまった。
最初こそ人脈云々の打算で笑顔を作ってしまったけど、今は損得抜きに、自然と笑みが浮かんだ。
仲良くなりたいから仲良くなりたい、それだけの動機で動くのは、いつ振りだろう。
「そのスピーチ、謹んで出てしんぜよう」
「えっ」「えっ」「えっ」「えっ!」
令嬢たちとモリスさんが揃って驚きの声を上げた。特に一番大きな声を上げたモリスさんが、私のドレスの裾をちょいちょいと引っ張って、「マジですぞ!?」と問いかける。
「マジですが何か?」
「全魔族集会にいきなり登壇とは……しかもいい話ですぞ、ハードルが……」
「モリス氏よ。わては大丈夫。せやから先に魔王様のとこ行け」
「で、ですが」
「心配ご無用。ぜひスピーチしたく存じ上げ」
私はモリスさんの背丈に合わせて屈み、小声で耳打ちをした。
「勝たん勢の不満は、わてが魔王様と仲良す気のない人間や思っとること由来やろ」
「え、ええ。勝たん勢は魔界の6割を占める一大勢力。魔界の過半数が『人間の婚約者』を快く思っていない、という状況です」
「上等。多勢お相手大いにけっこう。むしろ幸運」
不安げなモリスさんに向かって、ビッと親指を立ててみせた。
「このスピーチで魔王様と仲良しこよし証明して、魔界の皆と仲良しこよす」
「……!」
モリスさんは感極まった様子で頷き、「お覚悟、受け取りましたぞ……!」と言い残し、もこもこと忙しない動きで走り去っていった。その後ろ姿を見送ってから立ち上がり、令嬢たちに向き直る。
「あ、あなた、本当に出る気……ま、まあ? せいぜい恥を晒せばよくてよ!」
「誰もあなたの話なんて聞かないはずよ! 人間なんて歓迎してないし!」
「大勢の前で大失敗して、すごすごと実家に帰ればいいわ!」
黒髪ロングイケメン魔王様しか勝たん勢を名乗る彼女たちが、魔王を尊く思う気持ちは分かる。痛いほどに。否、熱いほどに。
同志を見る目で彼女たちに微笑みかけたら、私の態度が不気味だったのか、また怯まれてしまった。
「安心召されよ」
そう、安心して欲しい。私もあなたたちと同じ気持ちだから。
魔王がどんなに素敵な存在なのか、私も知っているから。
「わても魔王様、とっても素敵と思ってオリハルコン。スピーチでこの猛き思い、ぶち上げてみせやしょう」
目を丸くする彼女たちの前で、私は拳を突き上げ、この世の摂理を唱えた。
「――黒髪ロングイケメン魔王様しか勝たん」




