0-67 殺到する仕事
サークヤが刃研ぎを始めてから5日が経ち、漸く全体の半分程が研ぎ作業終了に至っていた。
昨日に、出来上がっていた包丁を先行して市場へと納入している。
市場から、出来ている分だけでもと要望があった為だ。
納期は決められていなかったが、予備どころか使い古しまで持ち込まれていたので、何かあった時の替えが殆ど無かったからだった。
随分と切羽詰まった話に聞こえるが、新調するかメンテナンスして経費削減するかで揉めた為、このタイミングとなったのだ。
「よし、今日は終わりだ。」
「「お疲れ様(です)。」」
「おう、今日も飯は外へ食いに行ってくれ。」
当然の事だが、オヤジさんは二人に暗に愛娘の店に行けと言っているのだ。
「それなんですが、サミヤさんの店の店長に包丁を研いで欲しいと言われてるんですが...良いですか?」
そう、昨夜に店へ行った時、市場の包丁を研いでいる事をサミヤに聞いた店長が、店の包丁も研いで欲しいと言い出したのだ。
「良いも何も、サミヤも絡んでるんだろ?駄目と言う訳無いじゃないか。」
駄目だなんて言ってみろ、愛娘の機嫌が悪くなるじゃないか、と当然のように言うオヤジさん。
サークヤは砥石のセットを袋に入れて作業場を後にした。
「こ、これはっ!包丁の重さだけで切れていくぞ?」
サークヤが店に着いて直ぐに1本研いだ包丁は、今まで何本も研いできた経験により、今までで一番の仕上がりとなった。
やり過ぎと言われなかったのも、その結果に影響しているだろう。
「腕を上げたな、サークヤ。」
「テリオさん...いえ、まだまだです。」
「...そうだな。まだまだだ。もっと上を目指せ。」
「はいっ!」
「店長!今日の料理は何時にも増して美味えじゃねえか!」
「おう、そうか。ありがとよ!」
客と店長とのやり取りを聞いていたテリオが、トマトのスライスを食べながら言う。
「まあ、当然だな。切れ味が良ければ形が崩れない。特に軟らかい物を切ると差が出るだろうな。このトマトのように。」
「おい、オヤジ!そのトマトをくれっ!」
「店長!こっちもだ。」
「こっちもくれっ!」
現金な客たちだ。
「ふんっ。じゃあ、俺は玉葱の薄切りと...薄切りジャガ芋の油揚げは出来るか?」
「...ああ、出来る。待ってな。」
調子に乗ったテリオが、サークヤが里で披露したポテトチップスを店長にオーダーする。
しかし、この店長はそれだけ聞いただけでピンとくるとは、只者ではないだろう。
「...何だそれ?」
「棒状の芋の油揚げなら知っているんだが...美味いのか?」
客たちの質問にニヤリとするテリオ。
「ああ。厚みでまた違う食感が得られて、なかなかなモノだぞ?蓮根なんかでも美味いな。」
こうして新メニューが続々と加えられていくのであった。
「テリオさん!飲み食いしていないで、研ぐの手伝って下さいよっ!」
この日から、閉店後は新メニューの討論会になった。
今まで潰すように切っていた食材がスパスパと切れるのだ、色んな案が出て当たり前だろう。
同じ食材でも、切り方ひとつで全く違う食べ物になる事は証明された。
特に生物は顕著だった。
野菜や果物は本来の味が楽しめると、常連客に好評を得た。
また肉類も切り方を変える事が出来るようになり、調理法が多彩になった。
今まではデカい塊のまま調理して後で切るか、ぶつ切りにして調理するかだったのだ。
「あ。この味、私好きだわ。」
「ふむ、潰れずに切れるとこんなに味が変わるとはな。」
テリオとサークヤはそれを聞いてうんうんと頷いた。
サークヤとしては、刺身や寿司の再現をしたかったのだが、この国が海から遠かったのと、醤油が里でしか見たことがなかったので、無理せず諦めた。
「あ~、食べ過ぎたわ。店長、面白がってどんどん作るんだもの。」
「本当に店長の作る料理は美味しいよね。今日の売り上げなんて凄かったんじゃない?」
「ホントそうよ。テリオさんが上手にお客を煽ってくれたお陰ね。」
「いや、あれだけ美味けりゃ酒も進むから当然だろ。」
「こんな事なら、早く研いで貰えば良かったわ。ホント、良い拾い物をしたわ。」
帰りの道すがら、そう言ってサークヤを見やるサミヤ。
「それにしても...明日から大変ね、サークヤさん。」
「えっ?大変?何故?」
「...明日になったら分かるわ。」
翌日、市場から刃研ぎ作業を早くしてくれ、と強い要望と共に納めた包丁と同数の包丁が送られて来た。
切れ味に驚いた市場の職人が我も我もと殺到したそうだ。
更に...
「アンタら、一体何をしたんだ!?朝から道具屋たちからの問い合わせで仕事にならんじゃないか!!」
「ええっ!何もしてませんよ!?」
市場に出入りする食材関係の業者や料理人が、同じように研いで欲しいと道具屋に一度に持ち込まれ、市場の包丁が此処に持ち込まれているのを知っていた道具屋が殺到した、という流れだった。
更にサミヤの勤める店の味が評判になり、その切っ掛けが包丁だと知られてしまったようだ。
「兎に角、また刃研ぎの依頼が増えた。どんどん進めてくれ。」
「ええっ!そんなっ!!」
大量の包丁の山を前に、途方に暮れるサークヤを生温かく見守るサミヤだった。




