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まとわりつく声【夏のホラー2026・音】  作者: A.N.C.


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8/10

覚醒

身体が動かない。


 意識が、深い水の底へ沈んでいるようだった。


 ――寒い。


 私はゆっくりと目を開けた。


「……ここ……は……?」


 視界がぼやけている。


 天井。


 裸電球。


 そして、鼻を突く薬品とカビの臭い。


 身体を動かそうとした。


 ――動かない。


「……え?」


 両腕も、両脚も。


 胴体さえも、太いベルトで手術台に固定されていた。


「なに……これ……」


 必死に身体を捩る。


 ガチャガチャ、と金具が鳴った。


 その時だった。


「……!」


 横を見る。


 少し離れたところに、もう一台の手術台があった。


 そこに。


「新田くん……!」


 新田くんが横たわっていた。


 私と同じようにベルトで身体を固定され、目を閉じている。


「新田くん!」


 声をかけても反応はない。


 その先。


 部屋の奥に、人影が立っていた。


 見覚えのある姿。


「……藤田くん?」


 眼鏡。


 細身の身体。


 間違いない。


「智美ちゃん」


 藤田くんが、こちらを振り返った。


「大丈夫?」


「藤田くん……生きてたんだ」


 胸の奥から、安堵が込み上げる。


「良かった……」


 私は声を絞り出した。


「でも、気をつけて。私たち、誰かに眠らされたの」


「……」


 藤田くんは答えなかった。


 手には注射器が握られていた。


「藤田くん。それ……」


「ああ、これ?」


 藤田くんは注射器を眺めた。


「二人とも、二時間くらいは眠ってると思ったんだけどな」


 そして。


「まさか智美ちゃんが、二十分足らずで目を覚ますなんてね」


 笑った。


「量、間違えたかな?」


「……何を言ってるの?」


 嫌な予感がした。


「お願いだから、これを外して」


「だーかーらー」


 藤田くんが笑う。


「二人を眠らせたのは、俺なの」


 頭の中が真っ白になった。


「……え?」


「拘束を解くわけないでしょ?」


 その瞬間。


 今まで感じていた安心感が、すべて消えた。


「……どうして?」


 藤田くんは楽しそうに笑っている。


「いやあ」


 彼は部屋の隅を見た。


「まさか、結合人形を壊すとは思わなかったよ」


「……結合人形?」


「あの怪物だよ」


 藤田くんがこちらを見る。


「二人とも、あれを視認できたし、精神操作も効きにくかったな」


 そして。


「俺と同じように、能力に目覚めたってことかな?」


「……まさか」


 私は息を呑んだ。


「あなたが……全部、仕組んでいたの?」


「さっきからそう言ってるじゃないか」


 藤田くんの口元が歪んだ。


「俺は選ばれた人間なんだよ」


「選ばれた……?」


「二か月前」


 藤田くんは、静かに語り始めた。


「俺は一度、ここへ来たんだ」


「……あの時が、初めてじゃなかったの?」


「ああ」


 藤田くんは笑った。


「別のメンバーと一緒にな」


 そして、自分の頭を指で軽く叩いた。


「その時、頭の中に声が聞こえてきた」


「声……?」


「他の奴らの心の声だった」


 藤田くんは愉快そうだった。


「しかも面白いことに、俺はそいつらの心の中へ直接話しかけることができた」


「……」


「そしたらさ、他の連中が言うんだよ」


 藤田くんの声が低くなる。


「『変な声が聞こえる』って」


 笑い声。


「面白いよなあ?」


 私は何も言えなかった。


「それだけじゃない」


 藤田くんは続けた。


「時間が経つにつれて、幻覚まで見せられるようになった」


「何のために……」


 震える声で尋ねた。


「そんなことをして……何のために?」


「憂さ晴らしさ」


「……え?」


 藤田くんの顔から笑みが消えた。


「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって」


 声が低い。


「気に食わない奴は、ここへ連れてきた」


「……」


「俺の力を浸透させて」


 藤田くんが両手を広げる。


「操り人形にしてやった」


 背筋が凍る。


「面白かったぞ?」


 藤田くんは笑った。


「どんな屈強な男でも俺の言いなりになる」


 そして。


「女だって、すぐに股をひらく」


「……最低」


 思わず呟いた。


「優香の死に様なんて傑作だったろ?」


「……!」


「石上とお揃いで、全身切り刻んでやった」


 私は息を呑んだ。


「あいつが俺を振ったからいけないんだ」


「そんな……」


 目の奥が熱くなる。


「ひどすぎるよ……」


 声が震えた。


「友達だと思っていたのに……」


 藤田くんが、ゆっくりと私の顔へ近づいてきた。


 そして。


 ニタァ、と笑った。


「心配しないで、智美ちゃん」


 その笑顔には、もう人間らしい温度がなかった。


「他の奴らみたいに、肉人形にはしないから」


「……」


「こんなお人形みたいな可愛い娘」


 藤田の顔が、さらに近づく。


「全身くまなく堪能しないと勿体ないじゃないか。」


そして、耳元で囁く。


「一生、大事に使ってあげるよ」


「……っ」


 全身に鳥肌が立った。


 怖い。


 この人は。


 私が知っている藤田くんではない。


 ――違う。


 最初から。


 この人は。


 * * *


 藤田が、新田くんの手術台へ向かった。


「コイツはいらないな」


 新田を見下ろす。


「いつも智美ちゃんと話しやがって」


 藤田が舌打ちする。


「邪魔なんだよ」


「藤田くん……」


「そうだ!」


 藤田が何かを思いついたように笑った。


「新しい結合人形の素体にしようかな」


 ――ガタン。


 金具が鳴った。


「……?」


 藤田が振り返る。


 そこに。


 誰もいなかった。


「……あれ?」



「智美ちゃん?」


 暗闇の中。


 何かが光った。


 ――キィン!


 藤田が咄嗟に小刀を構える。


 ガキィン!


 刃と刃がぶつかった。


 火花が散る。


「……!」


 私は小刀を握っていた。


 藤田が驚いたように笑う。


「智美ちゃん、結構やんちゃだね」


 私は距離を取った。


「新田くんには……」


 小刀を構える。


「手を出させない」


「へえ」


 藤田が舌なめずりをする。


「元気な女の子は好きだよ」


 その口元が歪む。


「でも、あんまり暴れると……手加減できないよ?」


 藤田が何かを呟き始めた。


 ――キィィィィン。


 耳をつんざく音。


『ザザッ……』


 頭の中へ直接、声が流れ込んできた。


『磯山智美さん』


「……!」


『素行不良のため――』


 私は耳を塞いだ。


『思考矯正措置を行います』


「うっ……!」


 頭が割れそうだった。


「これは……幻聴……」


 私は必死に耐える。


「気を……しっかり持たないと……」


『思考矯正措置を行います』


『思考矯正措置を行います』


『思考矯正措置を行います』


「やめて……!」


 藤田が笑っている。


「さあ」


 小刀を構える。


「どこまで耐えられるかな?」


 刃が迫る。


 私は必死に受け流した。


 ガキン!


 ガキン!


 何度も刃がぶつかる。


 頭の中では、あの放送が繰り返されている。


 身体が重い。


 視界が揺れる。


 少しずつ。


 壁際へ追い込まれていく。


「っ……!」


 足がもつれた。


 私は床へ倒れた。


 藤田が目の前に立つ。


 その顔に、邪悪な笑みが浮かんだ。


「ちょっと痛いけど」


 小刀が振り上げられる。


「我慢してね」


「ははははははははは!」


 ――ダンッ!


 轟音。


 藤田の身体が大きく揺れた。


「ぐはっ!」


 胸から血が噴き出す。


 藤田が振り返る。


 そこに。


 拘束を解いた新田くんが立っていた。


 手には、煙を上げる銃。


「うっ……」


 新田くんが苦しそうに息を吐く。


「間に合って良かった……」


「新田くん!」


 藤田の顔が歪んだ。


「新田ああああああああああ!」


 怒声。


「いつも……俺の邪魔をしやがってぇぇぇ!」


 藤田が血を吐く。


 私は新田くんのところへ駆け寄った。


「大丈夫?」


「……ああ」


 その時。


 藤田の身体から。


 何かが蠢き始めた。


「……?」


 皮膚の下が膨らむ。


 腕。


 脚。


 胸。


 腹。


 無数の赤黒い腫瘍のような塊が、次々と浮き上がってくる。


「何……あれ……」


 藤田の身体が膨張していく。


「もう……ゆルさないゾ……」


 声も、人間のものではなくなっていた。


「治癒術ヲ……カケながラ……」


 肉が膨らむ。


「エい遠に……リョうジょㇰ...しテやる……!」


 壁を押し潰しながら、肉塊が巨大化していく。


「新田くん」


「……ああ」


「逃げよう」


「そうだな」


 俺たちは部屋を飛び出した。


 背後から。


 ――ズズズズズ。


 巨大な肉塊が追ってくる。


 廊下が震える。


 壁が崩れる。


 朝の光が見え始めた。


「出口!」


 エントランスホール。


 あと少し。


 俺たちは走った。


 その瞬間。


「うおおおおおおおおおお!」


 背後から巨大な腕が伸びてきた。


「磯山!」


 新田くんが私を突き飛ばした。


「え?」


 代わりに。


 新田くんの身体が捕まった。


「新田くん!」


「に……げろ……」


 藤田の肉塊が、新田くんを締め上げる。


「い……そ……やま……」


「嫌!」


「は……やく……」


 私は動けなかった。


「逃げろ……!」


 その言葉に。


 私は走った。


 * * *


 藤田の車。


 トランクを開ける。


 その中に。


 一つの細長い木箱があった。


「……これ」


 霊幻の言葉を思い出す。


 ――もしもの時は。


 私は木箱を開けた。


 * * *


 病院のエントランス。


 巨大な肉塊となった藤田が、新田くんを捕まえている。


「にったァぁ……」


 声が濁っている。


「おマえの……セいだ……」


 新田くんの身体を締め上げる。


「かヮを……ハいで……」


その時、

――ガガガガガガガガ!


凄まじい機械音が響く。


藤田の目の前には、チェンソーを構える磯山がいた。


新田くんが目を丸くしていた。

「い、そ、やま?」


 私は、藤田をめがけて走り出す。


 そして、地面を蹴り、大きく跳躍する。


「ともみぃぃぃぃぃ!」


 藤田が叫んだ。


「まいにち……せいどれ……」


 その言葉を最後まで言わせなかった。


 私はチェンソーを振り下ろした。


 ――ガガガガガガガガ!


 刃が、藤田の頭部へ食い込む。


 肉を裂く感触。


 血液が飛び散る。


 それでも私は止めない。


 さらに押し込む。


「……っ!」


 ウイーーーーーーーーーン!

 ズブブブブブブブブブブブ!

 ブシャーーーーーーーーー!


 両腕に力を込める。


「あたなに明日は来ない。これで終わり」


 刃が身体を切り裂いていく。


 そして。


 巨大な肉塊は。


 完全に二つへ分かれた。


 ドサリ。


 地面へ崩れ落ちる。


 動かない。


 朝の静寂が戻ってきた。


 私は荒い息を吐いた。


「……はぁ……」


 チェンソーを下ろす。


 その身体には、藤田の血が大量に付着していた。


 わたしは、新田くんに近づく。


 そして、朝日を背にして、チェンソーを肩に担ぎながら、ほほ笑む。


 「お待たせ。新田くん」


挿絵(By みてみん)

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