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まとわりつく声【夏のホラー2026・音】  作者: A.N.C.


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4/10

構内放送

日差しの眩しい午後だった。


 大学構内の広場を歩きながら、俺――石上徹は、さっきまでの会話を思い返していた。


 廃病院。


 あの動画。


 そして、動画に記録されていた謎の館内放送。


 藤田は、霊能者を探すと言っていた。


 神崎は「もう絶対あんなところ行かない」と言っていたし、新田も磯山も疲れた顔をしていた。


 とりあえず、俺たちは一度解散することになった。


 俺は大学の研究室へ向かうことにした。


 研究室で少し時間を潰してから帰るつもりだった。


 歩きながら、スマートフォンを取り出す。


 WhoTubeの動画。


 何度見ても、あの映像は気味が悪かった。


 特に。


 あの館内放送。


「……一体、何て言ってたんだ?」


 あのときは、ノイズが酷すぎて聞き取れなかった。


 コメント欄にも、音声を解析している奴がいた。


 だが、決定的な答えはまだ出ていない。


 その時だった。


 ――キィィィィン。


「……っ」


 耳障りな高音が、突然、構内に響き渡った。


 俺は思わず足を止めた。


 聞き覚えのある音。


 そう。


 動画の中で聞いた。


 あの廃病院の館内放送が始まる直前に流れていた音だ。


 次の瞬間。


 大学構内のスピーカーから、ノイズ混じりの声が響いた。


『ザザッ……こちら……学生課です』


「……?」


 俺は顔を上げた。


『経済学部四年、石上徹さん』


「……え?」


 周囲を見回す。


『至急、学生課までお越しください』


「俺?」


 誰かが俺の名前を呼んでいる。


 構内放送だ。


 別に珍しいことではない。


 大学の学生課から呼び出されることくらい、普通にある。


「……スピーカーの調子が悪いのか?」


 ノイズが酷い。


 そういうことだろう。


「とりあえず、行くか」


 俺は学生課へ向かった。


 * * *


 学生課のある建物に入る。


 廊下には誰もいない。


「……静かだな」


 夏休みだからだろう。


 学生課の扉を開ける。


「すみませーん」


 返事がない。


「誰かいませんか?」


 やはり。


 誰もいない。


「何で誰もいねぇんだよ……」


 俺は苛立ちながら室内を見回した。


「ふざけてるのか?」


 そのとき。


 部屋の隅に置かれているテレビが目に入った。


 電源がついたままだ。


 男性アナウンサーがニュース原稿を読んでいる。


『明日は、全国的に気温が上昇し、猛暑日になる見込みです。熱中症には十分お気をつけください。続いて――』


 俺は何となくテレビを見る。


 すると。


『……の……です』


「……?」


 音声が一瞬だけ乱れた。


『学生番号……番、石上徹さん』


「……」


 俺の名前。


『午後五時二十分に……しますので、医学部棟地下一階、解剖実習室までお越しください』


「……は?」


 俺はテレビに近づいた。


「どうなってるんだよ……」


 アナウンサーは何事もなかったように原稿を読んでいる。


 しかし。


 その口から出てくる言葉だけが、おかしい。


『……医学部棟……地下一階……』


 そして。


『……解剖……』


「おい……」


 思わず声が出た。


 その時だった。


 背後から。


 ――ぺた。


 肩に手が触れた。


「うわあっ!」


 俺は飛び上がった。


「ご、ごめんなさい!」


 振り返る。


 そこに立っていたのは、若い女性の事務員だった。


「驚かせちゃって」


「……マジでやめてくださいよ!」


 心臓がバクバクしている。


 女性は申し訳なさそうに笑った。


「ごめんなさい。でも、君、学生証落としたでしょう?」


「え?」


「これ」


 女性が差し出したもの。


 俺の学生証だった。


「あ……」


 受け取る。


「すみません」


「気をつけてね」


 女性が微笑む。


 俺はふと、テレビを指差した。


「あの……」


「はい?」


「あのニュース、おかしくないですか?」


「ニュース?」


「アナウンサーが変なこと言ってて……」


 女性がテレビを見る。


 そして。


 怪訝そうな顔をした。


『続いては、各地で相次ぐ行方不明事件についての警察の会見、その模様を生中継でお伝えします』


 普通のニュースだった。


「……?」


 俺はテレビを見つめた。


「ふつうにニュースが流れているだけじゃない?」


「そ、そんな……」


 確かに。


 さっきまでとは違う。


 俺の名前なんて、どこにも出ていない。


「大丈夫?」


「あ……はい」


 俺は曖昧に頷いた。


「すみません」


 そして。


 足早に部屋を出た。


 廊下を歩く。


 背後から女性の声が聞こえた。


「あ、そうそう」


 俺は振り返る。


「午後五時二十分に……ので」


「……?」


「医学部棟地下一階、解剖……室に……」


 女性は少し困ったように笑った。


「時間厳守でお願いね」


「……」


 俺の喉が鳴った。


「ひっ……」


 何だ。


 どういうことだ。


 俺は逃げるように廊下を歩き出した。


 いや。


 走った。


 * * *


 アパートに戻る。


 玄関を開ける。


 すぐに扉を閉める。


 ――ガチャ。


 鍵をかける。


 チェーンもかける。


「……」


 しばらく、玄関にもたれかかった。


 心臓がまだ速い。


「……落ち着け」


 何かの間違いだ。


 そうに決まっている。


 大学の放送。


 テレビ。


 事務員。


 全部、偶然だ。


 そう自分に言い聞かせる。


 そして。


 スマートフォンを取り出した。


 藤田が投稿した動画。


 俺は動画の最後の部分を再生した。


 ――ザザッ……。


『……』


 音量を上げる。


 さらに上げる。


「……聞こえねぇ」


 もう一度。


 再生。


 ――ザザッ……。


 ノイズの奥から。


 何かが聞こえた。


「……?」


 俺は画面を見つめた。


 イヤホンを取り出して耳につける。


 再生。


 ――ザザッ……。


 そして。


『……いしがみ……とおる……』


「……!」


 俺はイヤホンを外した。


「今……」


 聞こえた。


 間違いない。


 俺の名前。


 もう一度。


 再生する。


『ザザッ……いしがみとおる……』


「……」


 背中に汗が流れた。


 続いて。


『……午後五時二十分……地下一階……』


 俺は時計を見る。


 午後四時五十七分。


「……あと二十三分?」


 指が震えた。


 動画を止める。


「違う……」


 そんなわけがない。


 偶然だ。


 偶然に決まっている。


 俺はもう一度再生した。


 ――ザザッ。


『……石上徹さん、午後五時二十分、地下一階……室にお越しください……ます』


「……!」


 スマートフォンを放り投げた。


 床に落ちる。


 ――カツン。


「何なんだよ……」


 俺は頭を抱えた。


 すると。


 ――バンッ!


「!」


 玄関の扉が揺れた。


 ――バンッ!


 もう一度。


 ――バンッ!


「誰だよ!」


 返事はない。


 俺は息を殺した。


 そして。


「石上!」


 聞き覚えのある声。


「大丈夫か!」


 新田だった。


「連絡がつかないから、心配したぞ!」


 続いて。


「石上! いるんだろ!」


 藤田の声。


「ここを開けてくれ!」


 俺は立ち上がった。


「……新田」


 扉の向こうから。


「そうだ! 早く開けろ!」


 俺は玄関へ向かう。


「助けてくれ!」


 鍵に手をかける。


「石上?」


「今、開ける!」


 ――ガチャ。


 鍵を開ける。


 ドアノブを握る。


 そして。


 扉を開いた。


「……」


 そこには。


 誰もいなかった。


「……え?」


 廊下がない。


 アパートの廊下も。


 階段も。


 壁も。


 何もない。


 ただ。


 暗闇。


「……何だよ、これ」


 俺は一歩後ずさった。


 扉の向こうから。


 湿った空気が流れ込んでくる。


 鼻を刺す臭い。


「……カビ?」


 独特の。


 湿っぽい。


 あの臭い。


 ――廃病院と同じ臭い。


「……嘘だろ」


 暗闇の向こうから。


 何かの音がする。


 ――ポタ。


 ――ポタ。


 水滴のような音。


 俺は扉を閉めようとした。


 だが。


 動かない。


「閉まれよ……!」


 力を込める。


 それでも。


 扉は微動だにしない。


 その時。


 腕時計を見る。


 針は。


 午後五時二十分。


「……」


 世界から。


 音が消えた。


 そして。


 暗闇の奥から。


 あの音が響いた。


 ――キィィィィン。


 耳障りな高音。


 続いて。


 ――ザザッ……。


『……』


 俺は動けなかった。


『……石上……徹さん……』


「……」


『午後五時二十分……』


 声が近づいてくる。


『医学部棟……地下一階……』


 暗闇の中。


 何かがいる。


『……解剖実習室に……』


 俺は必死に扉を閉めようとした。


「やめろ……」


『……お越しください……』


「やめろ!」


『……ます』


 そして。


 放送が一度途切れた。


 静寂。


 その直後。


 別の声が重なった。


 ――ザザッ。


『……蝕肉解体室にお越しください』


「……」


 俺の身体から。


 力が抜けた。


『可蝕部分を摘出します』

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