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まとわりつく声【夏のホラー2026・音】  作者: A.N.C.


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3/10

動画


 夏休みの大学は、普段よりずっと静かだった。


 昼を少し過ぎた頃。


 講義棟と研究棟の間にある、学生向けの広場。


 中央には大きな木が一本立っていて、その周囲にベンチがいくつか設置されている。蝉の鳴き声が頭上から降り注ぎ、舗装された地面には強い日差しが照りつけていた。


 そのベンチに、五人が集まっていた。


 新田慎二。


 磯山智美。


 神崎優香。


 石上徹。


 そして藤田亮太。


「お前ら、例の動画、再生回数すごいぞ」


 開口一番。


 藤田がスマートフォンを掲げた。


「……動画?」


 慎二が聞き返す。


「ほら。あの廃病院のやつ」


「ああ……」


 慎二は思い出した。


 廃病院から帰って、三日ほど。


 藤田が撮影していた動画のことなど、すっかり忘れていた。


「お前、投稿したのか」


 石上が藤田のスマートフォンを覗き込む。


「した。WhoTubeに」


「マジかよ」


「何で勝手に投稿してんのよ」


 神崎が眉をひそめた。


「いや、ちゃんと顔はカットしてあるって」


「やだ、顔映ってないよね」


「映ってないって」


 藤田は画面を操作する。


「ほら」


「……本当だ」


 神崎が確認する。


「それより、見ろよ」


「何?」


「再生回数」


 藤田が画面を見せた。


「……結構いってるじゃん」


 慎二が驚く。


「だろ?」


「何でそんな伸びてんの?」


「タイトルが良かったんじゃね?」


 藤田が得意げに言う。


「『【ガチ廃病院】深夜に心霊スポットへ行ったらヤバすぎた』」


「うわ」


 慎二が顔をしかめた。


「いかにもって感じ」


「いいだろ別に」


 藤田は笑った。


「コメントも結構ついてる」


 画面をスクロールする。


「『雰囲気ある』」


 藤田が読み上げる。


「『普通に怖い』」


「『不法侵入じゃね?』」


 石上が吹き出す。


「おい」


「『通報しときました』」


「おいおい」


「何だよそれ」


 神崎も画面を覗く。


「……あ」


「何?」


「これ」


 神崎が指差した。


「『人影なかった?』だって」


「人影?」


 慎二が眉を寄せた。


「どこに?」


「知らない」


 藤田が答える。


「俺らが撮った動画なんだから、俺ら以外いないだろ」


「でも、こういうコメントって気になるじゃん」


 神崎はスマートフォンを受け取った。


 そのままコメント欄をスクロールする。


「……あれ?」


「今度は何?」


「『何か聞こえる』」


「音?」


 石上が覗き込む。


 さらに下へ。


「『○分○秒あたり、何か声入ってない?』」


「……」


 慎二の表情が変わった。


「何だそれ」


「知らねえよ」


 藤田が言った。


 しかし、その顔には先ほどまでの余裕がなかった。


「でさ」


 藤田がスマートフォンを取り戻す。


「それについて、俺も気になって調べてみたんだよ」


「何を?」


「動画」


「動画なら見たじゃん」


「いや、もう一回」


 藤田が再生ボタンを押した。


「この辺」


 画面に映ったのは、あの夜の廃病院だった。


 暗い廊下。


 懐中電灯の光。


 五人の足音。


 慎二は何気なく画面を覗き込んだ。


 廃病院の内部を撮影した映像が流れていく。


 そして。


 地下の隔離病棟。


「……」


 慎二は少しだけ身を固くした。


 あの場所だ。


 廊下の両側に並んだ、鍵付きの個室。


 鉄格子。


 そして。


 突き当たりの部屋。


『何室だよ』


 石上の声が、スマートフォンから流れた。


「ここ」


 藤田が一時停止する。


 画面には、掠れた文字が映っている。


「俺たち、この部屋に入ったよな」


「入ったね」


 神崎が頷く。


「で、磯山が言った」


 藤田が再生する。


『ここ、すごく嫌な感じがする』


 画面の中の智美が、部屋の入口に立っている。


 現在の智美は。


「……」


 何も言わずに画面を見つめていた。


「ここからなんだよ」


 藤田が言う。


「何が?」


「音」


 動画の画面が、部屋の外の廊下へ向く。


 誰もいない。


 薄暗い廊下。


 それだけ。


 すると。


 ――キィィィィン……。


「……何?」


 神崎が顔をしかめた。


 高い音。


 耳鳴りのような音が、スマートフォンのスピーカーから流れた。


「これ、撮影したときに聞こえた?」


 石上が聞く。


「いや」


 藤田が答えた。


「俺は聞いてない」


 慎二も首を振った。


「俺も」


 神崎も。


「聞いてない」


 そして。


 ――ザザッ……。


 ノイズ。


 その中に。


『……番、……木……郎……室に……ます』


「……は?」


 石上が固まった。


「今、何か喋ったよな?」


 藤田は答えない。


 もう一度、再生する。


 ――ザザッ……。


『……番、……木……郎……室に……ます』


「何これ?」


 神崎が眉をひそめる。


「病院の放送?」


「いや」


 藤田が首を振る。


「こんなの、現地じゃ流れてなかった」


「じゃあ何?」


「知らん」


「知らんって……」


 動画が続く。


 画面の中。


 隔離病棟の廊下。


 両側には、いくつもの扉。


 そのうちの一つ。


 閉ざされていたはずの扉が。


 ――ギ……。


「……」


 ゆっくり開く。


「え?」


 神崎が画面に顔を近づけた。


 ――ギギギ……。


 扉が開いていく。


 そして。


 中から。


 一人の人間が出てきた。


「……」


 五人の間から、言葉が消えた。


 白い入院着。


 痩せ細った身体。


 髪のない頭。


 異様に青白い肌。


 その人間は、ゆっくりと廊下へ出てくる。


「……何だよ、これ」


 石上が呟いた。


 だが。


 画面の中の五人は。


 誰も振り返らない。


 白い人間は、五人の背後を通り。


 そのまま。


 五人が入った部屋へ入っていく。


「……待って」


 神崎の声が低くなった。


「これ……」


 画面の中。


『もういいだろ』


 石上の声。


『何もねぇな。どうする?』


 五人は、何も知らない。


 カメラが部屋の中を映す。


 手術台。


 その上にこびりついた黒いシミ。


 その向こう。


 白い入院着の人間が立っている。


 俯いている。


 しばらく。


 動かない。


 やがて。


 ゆっくりと手術台によじ登った。


 仰向けになる。


「……」


 誰も口を開かない。


 ――ザザッ。


『……番、……処置……ます』


「何だよ……」


 石上が呟いた。


 その瞬間。


 白い人間の身体が。


 ――ビクッ。


 跳ねた。


「……!」


 胸部から腹部にかけて。


 一直線に。


 身体が裂ける。


「うわっ!」


 神崎が思わずスマートフォンから顔を逸らした。


 だが。


 すぐに画面を見る。


 裂けた身体から、内臓がゆっくりと溢れ出している。


「……何これ」


 慎二の声が震えた。


 腸が。


 ――ズル……。


 動いた。


 誰かが引っ張っているように。


 ゆっくり。


 空中へ持ち上がっていく。


 ――ズルズル……。


 そして。


 何もない空間へ。


 消えた。


「……」


 石上が絶句する。


 白い人間は激しく痙攣していた。


 手足が跳ねる。


 身体が手術台の上で震える。


 そして。


 突然。


 動かなくなった。


 ――ザザッ……。


『……、……み……る……室……ます』


 そこで動画が終わった。


 広場に。


 蝉の鳴き声だけが響いた。


 慎二は画面を見つめたまま動かなかった。


 背筋に。


 冷たいものが走っている。


「……何だよ」


 最初に口を開いたのは石上だった。


「今の」


 藤田を見る。


「あんなの無かったろ!」


「……」


 藤田も黙っている。


「俺たち、あの部屋にいただろ?」


「いた」


「こんなの見てねぇぞ!」


「だから言ってるだろ」


 藤田が答える。


「俺は何もしてない」


「どうせ、これ合成なんだろ?」


「違うって」


「じゃあ何なんだよ!」


「何も無い所をカットした以外は、そのままだ」


 藤田がスマートフォンを掲げる。


「動画編集したのは、何もないところを切っただけ。音も加工してない」


「……」


「な?」


 藤田が少し笑った。


「凄いだろ」


「凄いじゃねぇよ!」


 石上が怒鳴った。


「洒落にならねぇぞ!」


「お前らも乗り気だったろ!」


「そういう問題じゃねぇ!」


 神崎も声を荒げる。


「藤田! どうしてくれるのよ!」


「だから俺だけのせいじゃねぇって!」


「こうなるなんて、思わなかったんだよ!」


 五人の間に険悪な空気が流れる。


 慎二は二人を眺めながら。


 ふと。


 智美に目を向けた。


「……磯山?」


「……」


 智美は答えなかった。


 画面を見ている。


 その顔は。


 いつも以上に青ざめていた。


「どうした?」


 慎二が聞く。


「……あの放送」


 智美が小さく呟いた。


「え?」


「あの放送……ずっと聞こえてた」


「……」


 慎二は意味が分からなかった。


「ずっと?」


「あの部屋に入ってからずっと。

病院から出るまで」


 智美は画面から目を離さない。


「誰も気付いてなかったけど」


「……何で言わなかったんだよ」


 慎二が聞く。


 智美は少しだけ俯いた。


「言っても……」


「誰も信じないと思ったから」


「……」


 その言葉に。


 慎二は何も返せなかった。


 藤田が口を挟む。


「じゃあ、やっぱり現地で聞こえてたってこと?」


「うん」


「何て言ってた?」


「分からない」


 智美は首を振った。


「ずっとノイズが混ざってたから」


「でも、何か聞き取れたんだろ?」


「……最後のほう」


「何?」


 智美が動画の最後を指差した。


「さっきの……」


 スマートフォンから。


 もう一度。


 小さなノイズが流れる。


 ――ザザッ……。


『……、……み……る……室……ます』


「……」


 智美が呟いた。


「これ」


「何?」


「ずっと、同じだった」


 神崎が智美を見る。


「……怖いこと言わないでよ」


「ごめん」


 智美は小さく謝った。


 石上が頭を掻く。


「……もう消せよ、この動画」


「俺もそう思ってる」


 藤田が言った。


「でも、もう結構拡散されてる」


「コメントもどんどん増えてる」


「じゃあ消しても意味ないじゃん」




 広場では。


 蝉が鳴いている。


 夏の日差し。


 大学生たちの笑い声。


 このときの五人は、まだ知らなかった。


 あの動画が。


 ただの心霊動画ではなかったことを。


 そして。


 あの廃病院で見つけたものが。


 もうすでに。


 自分たちのところまで来ていることを。


 この後、あんなことになるなんて。


 ――誰も知る由もなかった。

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