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源実忠(その8)

 月がたいそうきれいな夜、源実忠殿がわたくしの住む中の御殿に立ち寄られて、

「兵衛の君、出ていらっしゃい。月がたいそうきれいですよ。」とおっしゃり、お屋敷の前に植えてある花や、いろいろの花の蔭に立ち寄られて、


 花盛り 匂いこぼるる 木隠れも なお鶯は 鳴く鳴くぞみる

(花盛りで匂いこぼれるばかりに咲くこの木陰であっても、わたしの心を慰めることはできません。あいかわらず鶯は泣き続け、わたしも泣く泣くこの花をみるのです。)と歌われ、松の木のもとに行かれては、


 岩の上に しいて生い添う 松の音の たれ聞けとてか 響きますらん

(岩の上に根(・)を張る松のこずえでなっている風の音(・)は、誰に聞けと言ってその響きを増しているのでしょうか。一人さびしい私と同じ気持ちなのでしょう。)とおっしゃるので、これを聞いた女房達は皆、趣深く感じ入っていました。


 わたくしに仕えている木工(もく)の君という女房が、心づかいの行き届いた人で、

「この歌を聞いて、御心がわからないようでは、本当に情け知らずですね。」と言うと、十の宮であるちご君が、御前にある筝の琴を弾きならして、

 響くとも 根には聞こえで 末の松 今宵も越ゆる 波ぞ知らるる

(実忠様の松に吹く風の音に比べると、わたしの琴の音など聞こえもしませんが、風の音は、きっと末の松山を越えていることでしょう。あて宮姉君も、感動しているはずですよ。)と詠まれました。


 また、実忠殿は、

 涙川 汀(みぎわ)や水に まさるらん 末より滝の 声もよどまぬ

(私の涙で、川の水は一層増していることでしょう。その末から流れる滝の響きも、いつまでも淀むことはありません。あて宮様への恋心は、とどまることがないのです。)と詠まれました。


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