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ビカットマン  作者: 蟹谷梅児
22 序章
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 八月十一日・木曜日。山の日。

 奥州市某地区・忌死山。



「人を愛したことはあるかな。良いよね、気持ち良いよね。でも。その愛が奪われるんだ。それはもう、自分が死ぬよりも辛いことだ。自分が心の底から愛した人たちが死んでしまうんだ。それは自分が傷つくよりも絶望的だ。家をなくしたって、車を潰したって、会社が倒産したって、あそこまで泣かなかった。でも……人がたった三人死んだだけで僕は悲しくて泣いたよ。せっっかく忘れてたのに、君だな。思い出させたな。どうやって僕の脳みそを操った、いつしかけた」

「お前が私の頭さえ触らなければ思い出すこともなかったのに」


 終わる。終わることができる。ようやく終わることができる。ようやく終わらせることができる。それが嬉しくて、嬉しくて、これから人を殴るというのに、笑っていた。


「あの時……? どうやった」

「私の脳みそのほんの少しを……お前の身体に打ち込んだんだよ。なんで気づかないの。自分の身体だろ」

「…………」

「数ヶ月脳みその変化に戸惑ってろくに活動できなかったってマジ? シンジが教えてくれたけど、お前自分の信者無闇矢鱈に殺したらしいね。なんで?」

「教えてやる義理はないよ、空っぽくん」

「私は『なんで』って聞いたんだ。それが答えになると思うなら、お前の頭は空っぽだね。そういう意味では、私とおまえは……同じだなあ。私も、私も何だ。おまえが何度も何度も……何度も何度も……繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し!! いじめてくるから! 頭空っぽになっちゃったんだ!!」

「うるさいよ。どうせ殴り合い蹴りあい暴力の浴びせ合いだろ。さっさとやろう」

「お前を愛してくれた人が可哀想だ」

「黙れ」

「お前の親友になってくれた彼が泣いてるよ。お前に背中を任せた相棒はどう思うんだろう、お前のことを。私にはわかるよ。死にかけて、あの世に行ったからわかるんだ。お前のことを見て、泣いていたよ」

「黙れ」


 心が乱されるのは、脳が揺すられているからだろう。


「ハハ……ハハハハ……ハハハハハハ。アッハッハ!! アッハッハハハハハハハハハハハハハ!! 私も、お前にならってお前が嫌がることたくさん考えたよ!! でもね、私もお前でお前も私だから、結局のところお前が嫌がることは、私も嫌なんだーっ!」


 一歩……一歩……五メートルほどの距離を詰めていく。黒い和装のミコトも、また歩き出した。二人の身体がビカッと同時に輝き、二人は同時に変身した。ビカットマンと邪視。


 両者ともまだ情報を一新した身体を構築するのに時間がかかり、半ば光の状態だったが、拳がぶつかり合うと、火花のように粒子が散る。


 異態肉彦がなくなったので、純粋に神戯閃光児と尾島青空の融合。対する純粋な異態肉彦と邪視の融合。


 光の白と闇の黒がぶつかり合った。


「おおっ」


 白いビカットマンは感嘆の声をあげる。


「鋼鉄だ!」


『僕はもともと鍛冶師の息子なんだ。きっとそういうのもあって白の力が金……つまり、鉱石だとかの力になったんだ!』


「アッハッハ! そりゃあいい!」


 黒い複眼が赤く輝く。


 シンスケの脳みそを注入され、過去の記憶を呼び起こされ、良心を無理やり植え付けられた異態肉彦と邪視の融合──天獄変身態はまるで同等の力を持っていた。


 防御力に関してもそれは言える。


 神性を帯びた鉱石の硬度で攻撃を跳ね返すのに対し、天獄変身態は異態肉彦のもつ元々の闇と邪視だとか光の力が混ざり合った神性で攻撃を防いでいた。


 互いに攻撃が通らない。


 ビカットマンは走り出し、光と同等の速度で天獄変身態にタックルを噛ますと、天獄変身態はそれをかわしてみせた。光と闇は同等の速度と力を持つ。


 そして、拳をぶつけ合う。

 衝撃波が木々を砕いた。


「ビビビーって光線出せたらなあ」


『今なら出来るが、君の身体も消し飛んでしまう』


「じゃあ却下」


 ビカットマンは天獄変身態の頭を掴むと、思い切り叩き合わせた。両者の頭部がグシャッと壊れ、脳みそが混ざり合った。


 再生。


「りょ、良心を……僕の良心を……強めたな……!! 自分の頭を潰してまで……!? イカれてるのか君は!?」

「アッハッハ!! アハハハ!! ウヒッ、ギヒヒヒヒ!!アーッハッハッハッハッハッハッハッハ!! だって仕方ないだろ!? お前はこうでもしなきゃ止まらない! 自分の過ちなんて、ハッハハ!! 認めようともしない! お前が殺した命を数えたか!! 彼らが何をしたっていうんだ!?」

「やめろ!!」

「人の営みがないとでも思ったか!!」

「やめろ!! それ以上言うなァーッ!」

「アッハッハ!」


 両者の拳がぶつかり合った。


 衝撃波で山が崩れ。両者の固有霊術で木々や土塊が浮かび上がる。その中で戦い合う。感情が高ぶり、心が震え合う。血しぶきさえも空に舞い上がる。それはまるで、地獄に降る雪のように。


 心が、ニョキッ!!


 成長した!!


 両者!


「来た!!」


「なんだ?」


『霊能異理だ!!』


 詠唱──両者同時に開始する。


「〝盤石〟」            「〝大空〟」

「〝恐慌〟」            「〝白雲〟」

「〝戦斧の王〟」        「〝笑声の皇〟」

「〝月輪は黒に昇り〟」  「〝日輪は白く昇る〟」

「〝夜を舞い〟」        「〝朝を飛ぶ〟」

「〝我を愛し〟」        「〝君を愛し〟」

「〝民草を支配し〟」    「〝世界を守護し〟」

「〝永遠に王である〟」  「〝そして神になる〟」


「霊能異理」          「霊能異理」


「〈独我(どくが)〉」            「〈伴我(ばんが)〉」



 無数の怪異が生成され、そして押し広がった結界空間がその怪異全てを消し飛ばし、霊能異理がぶつかり合い、互いのそれは無効となった。


 霊能異理の無効によるペナルティ。


 三分間、霊能の禁止。


 変身が解除された二人は同時に互いを睨み据え、えぐれかえった地面を押し出すように蹴りつけ、拳を引き絞りあい、殴り合う。


 拳と拳がぶつかり合う。

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