76/103
76
午前九時頃、肝徒がようやくバー〈カンムラサキ〉の地下に帰ると、「災難でしたね」と園が半ば笑いながら言った。
「災難どころのお話じゃないよ」
「どうやって逃げてきたんですか? 異態肉彦から逃げ切るなんてすごい話じゃないですか」
「あっちが勝手に逃げたんだよ。かにか思いもよらない事があったらしいね。それはこっちも同じことよ」
「なにがおありで?」
「異態肉彦……私が思うような人ではないのかも」
「それ、どういう意味です?」
「そのまんまの意味だよ」
肝徒は園との会話を中断してソファに倒れるように落ちた。
光派という言葉が生まれたきっかけになった男とようやく直に触れ合って、その男の性質というものを理解した。自分が思っていたよりも、もっと、もっと、弱かった。
そのことの意味というものをしっかりと理解していかなければならない、と肝徒は思い至った。
要するに、異態肉彦は自分の従兄弟であるけれど、まだまだ子供なのではないか、と思い至る。
泣きそうな顔をして変身したあの男を分かって──。




