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人生がとても楽しい。
みんながいつも笑顔で、家族とも仲良しになれた。
それは、とても嬉しい!
母の料理を食べて、父と何でもない話をして、妹といっしょに勉強だとかゲームだとかをするのは、とてもたのしい。
人生が充実している。
嫌いなことは何一つしないいい人生。
とてもたのしい。
こんなに楽しいことって、ほかにないというほど!
一生ここにいたい。
一生この世界に。
……?
この世界に?
……?
???????????????????
まぁいいか、いまがたのしければそれでいいか。
バシャッ!
水をこぼしてしまったので、着ていたティーシャツが濡れてしまった。
「あーっ、もうお兄ちゃんなにやってんのさ」
「困ったなあ」
「困ったなぁじゃなくてさ。あーあー……床に垂れる垂れる垂れる。動かねぇなお前ほんとう!」
少しは慌てろ、と妹に叱りつけられて、彼はふわふわと笑いながらどうせ濡れているんだしということで、ティーシャツを脱いでそれで溢れた水を拭きだした。
「まったくもー」
水。
濡れに濡れたビッショビショのティーシャツを両の手で持ちながら、ふと何らかの違和感を抱く。
そしてまた、いつものように「まぁいいか」と思い至る。
「明香、勉強は一旦休憩にしよう」
彼がそう言って振り向くと、妹の身体は突如として燃え始めた。
「明香! 明香、明香!?」
「うぎゃあ、ああ、ああ、お兄ちゃん! お兄ちゃん、お兄ちゃん、助けてお兄ちゃん!」
「かっ、母さん! あ、あ、明香が! 明香が!」
母も、父も、燃え始めた。
家の中で悲鳴が響く。
どうすればいいのかわからなくなって、彼は立ち尽くしてしまっていたのは、恐ろしかったからである。
ようやく悲鳴が止んだ時、そこには肉の焼ける匂いが充満。
「うそだ」
彼は思わず、現実逃避のように呟いた。
「うそだ、うそだ。なんで……」
思わず逃げ出した。
外は大雨で、彼は傘もささず、何度転んでも構わないでとにかく遠くへ逃げようとした。
誰か助けて!
そこに現れたのが、ふたりだった。
「た、たすけて……」
ふたりは彼を見おろしながら、「家族を見殺し」と言う。
「家族を見殺し」「ひとりだけ生き延び」「助けようともしないで」「なにもしないで逃げた」「ろくでなし」「恥知らず」「鬼畜」「クズ」「クズ」「クズ」「クズ」
心が。
心が。
もう、もう、こころが。
彼の心は人一倍弱かった。
人の情緒を学べず、理屈として解釈していた弊害からか、心が幼少の頃から育つことがなく、もちろんそのせいで貧弱なままだった。
それでも、縋るように朝飛を見つめる。
そんな彼に朝飛は言った。
「見損なった」




