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ビカットマン  作者: 蟹谷梅次
13 夢魘
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53

 人生がとても楽しい。


 みんながいつも笑顔で、家族とも仲良しになれた。


 それは、とても嬉しい!


 母の料理を食べて、父と何でもない話をして、妹といっしょに勉強だとかゲームだとかをするのは、とてもたのしい。


 人生が充実している。


 嫌いなことは何一つしないいい人生。


 とてもたのしい。


 こんなに楽しいことって、ほかにないというほど!


 一生ここにいたい。


 一生この世界に。


 ……?


 この世界に?


 ……?


 ???????????????????


 まぁいいか、いまがたのしければそれでいいか。


 バシャッ!


 水をこぼしてしまったので、着ていたティーシャツが濡れてしまった。


「あーっ、もうお兄ちゃんなにやってんのさ」

「困ったなあ」

「困ったなぁじゃなくてさ。あーあー……床に垂れる垂れる垂れる。動かねぇなお前ほんとう!」


 少しは慌てろ、と妹に叱りつけられて、彼はふわふわと笑いながらどうせ濡れているんだしということで、ティーシャツを脱いでそれで溢れた水を拭きだした。


「まったくもー」


 水。


 濡れに濡れたビッショビショのティーシャツを両の手で持ちながら、ふと何らかの違和感を抱く。


 そしてまた、いつものように「まぁいいか」と思い至る。


明香(あすか)、勉強は一旦休憩にしよう」


 彼がそう言って振り向くと、妹の身体は突如として燃え始めた。


「明香! 明香、明香!?」

「うぎゃあ、ああ、ああ、お兄ちゃん! お兄ちゃん、お兄ちゃん、助けてお兄ちゃん!」

「かっ、母さん! あ、あ、明香が! 明香が!」


 母も、父も、燃え始めた。


 家の中で悲鳴が響く。


 どうすればいいのかわからなくなって、彼は立ち尽くしてしまっていたのは、恐ろしかったからである。


 ようやく悲鳴が止んだ時、そこには肉の焼ける匂いが充満。


「うそだ」


 彼は思わず、現実逃避のように呟いた。


「うそだ、うそだ。なんで……」


 思わず逃げ出した。


 外は大雨で、彼は傘もささず、何度転んでも構わないでとにかく遠くへ逃げようとした。


 誰か助けて!


 そこに現れたのが、ふたりだった。


「た、たすけて……」


 ふたりは彼を見おろしながら、「家族を見殺し」と言う。


「家族を見殺し」「ひとりだけ生き延び」「助けようともしないで」「なにもしないで逃げた」「ろくでなし」「恥知らず」「鬼畜」「クズ」「クズ」「クズ」「クズ」


 心が。


 心が。


 もう、もう、こころが。


 彼の心は人一倍弱かった。


 人の情緒を学べず、理屈として解釈していた弊害からか、心が幼少の頃から育つことがなく、もちろんそのせいで貧弱なままだった。


 それでも、縋るように朝飛を見つめる。


 そんな彼に朝飛は言った。


「見損なった」

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