5
「じゃあ、どういたしまして」と彼が言ったのを、朝飛は忘れることができなかった。
あの男はどういうタイプの化け物なのか、全くわからなかった。
ただ、「あいつは化け物なんだ」と理解できただけで、あの男に関する情報がなさすぎた。
どうやら自分はあの化け物に命を救われたらしい。
あの時の顔を思い出す。
普段とは違い、なにか目に力が宿っていたような気がする。
「……まさか、善人なのか?」
そうとは思えない。
しかし。
そうとは絶対に思えない。
あんな何も感じていないだろうツラをしておいて善良な心を持っているとは到底思えない。
しかし。
「…………」
命を救われた恩を返す方法を思いついた。
どうれ、奴を真人間にしてみせよう。
そういう思考の流れがあったうえで……七月二十六日・金曜日の昼ごろに連絡網を駆使し、「あそぼう」と言ってみる。
「普通恩返しには応えるもの」という切り札を使うと、しばらくの沈黙のあと、「了解した」と抑揚のない声が返ってきた。
二十七日と二十八日の二日間、北上市の交流センターすぐそばにある公園で、地区の夏祭りのようなものがあるらしい。
そこで学生ボランティアを募集していた。
「いいかサイコパスモンスター。学生にとっての勉強ってのは、何も机に向かうだけじゃないんだな。ボランティアとかもすんのよ」
「なるほど。ためになる」
「ほんとにわかってんのかな……まぁいいや。ちなみにこれ明日もやるからな。明日は午後の部。夜の六時にここ集合な」
「承知した」
彼はメモを取っていた。
覗き見て「字めっちゃ綺麗だな」と驚く。
まるでそういうプログラムを施された機械がペンを持って書いたような、一切のブレのない綺麗な文字だった。
恐ろしいことこの上ない。
なんでこんなモンスター型のマシーンがいままで「生真面目な男」で通っていたのか、これがわからない。
とりあえず、自治体の大人の指示を受け、そのとおりに行動をする。
朝飛は子供の相手がめっぽう苦手だった。
「俺ですらこの調子なんだからアイツもやばいだろうな」と彼の方を見てみると、どうやら子供から見た彼は「やたらノッポのマシーン」というものらしく、珍しさから大人気だった。
彼も「子供には優しくする」「明るく接するのが一番」という学習をしているからから、不慣れながらも笑顔を作ってみた。
それがまた子どもたちのツボにはまり、「ミスター笑顔ヘタクソ」「ミスタースマイルヘタクソ」というあだ名をつけられていた。
「あの子良いね」
叔父・千田久光が笑いながら朝飛に言った。
「いや、最初は瞬き一つなく足音すらないものだからなんらかの幽霊かと思ってたけど、彼はなにかい、度を越した大真面目なのか?」
「というより、あまり人と交わることのできないたちなんだ」
分析して分かったことを久光に話してみる。
「お前もそうとう変わったやつだと思ってたけど、それ以上が現れたわけだ。しかも先天的な」
「なんだと、この」
彼はとうとう「ミスター」とあだ名を省略され始めた頃、小さな子供のためのお絵かきコーナーで色白の少年が絵を描いているのを見つける。
その少年に寄っていって「何を書いているのかね」と語りかけてみる。少年は絵を隠そうとしたが、渋々見せてくれた。
「光の力を持った、悪いやつを倒してくれる正義のヒーロー。ビカットマン」
「これは、とてもかっこういい。きみは、この絵を誇るといい」
「…………」
「どうかしたかい」
「なんでもない。その絵、いらない」
少年が去っていってしまった。
彼は自分の手にあるビカットマンの絵を見つめながら首を傾げる。
「コミュニケーション大失敗」
火のない煙草を咥えた丸眼鏡の女性が彼の背を叩いた。
カーキ色のタンクトップに、薄っすら青いかもしれないシャツを羽織っている。
おそろく家にあった着れるものをテキトーに着てきたんだろうな、とわかってしまうファッション。
髪も割とボサボサである。
「あなたは」
「猫野洋子。よろしく。君は?」
「こいつミスタースマイルヘタクソ」
「こいつ、ミスターコミュ障ロボット」
「じゃあ間を取ってミスターだ」
「ミスター……」
馴染まない。




