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翌日、完治したので退院した。
傷の治りが早いのがよほど気に入らないのか、看護師たちはみんな不気味なものを見る目を男に向けた。
帰宅すると、妹がいた。
妹は何かを言っているようだったが、ドラマで「普通妹の言葉は兄には響かないものなんだけど」というようなセリフがあった。
そこでそれを学習した。
《兄は妹の声を認識しない》
妹が何を言っているのか聞き取れない。
とりあえず無視をして部屋に戻り勉強を開始した。
そもそもあの妹ですら見舞いに来なかったので、兄のことをどうとでも思っていないのだろうというのは、彼にもわかった。
学生の本分は学業である。
いくら夏休み突入中だからといって、学生は勉強をするものだという普通の人間としての行動を損なうわけにはいかない。
ただでさえ入院が長引いたのだ、あまり勉強で遅れを取るのもよろしくないような気がする。
普通の学生は成績を気にするらしいから。
そうしていると、母が「ご飯だよ」と呼んでくるが、「勉強中に飯は食うものではない」という学習があるので断り、勉強を再開。
それにまだ昼食の時間ではない。
勉強を続行する。
それから五時間後の午後二時。
普段バチクソふざけまくりの父が「急用」と言って彼の首根っこを掴み、彼は「普通の人間は急用を優先する」という学習があるので、勉強を中断せざるを得なかった。
玄関先に立たされると、そこには朝飛と朝飛の面影を持つ中年女性がいる。
「こちら、息子です」
「どうも」
挨拶をしてリビングに。
どうやら色々とごたごたがあり、それが全て片付いたので挨拶をしに来たのだという。
「…………??」
朝飛の母、新沼春花が頭をさげると、彼はその行動がどういう意味を持つのか分からなかった。
「それ、普通の人間の行動から逸脱していますよ」
「……は?」
「私の知る限り、普通の人間はこういう場合頭を下げないんです。普通の人間は、こういう場合は感謝の言葉を言うこともないのです。私はそう学習しています」
朝飛は不意にゾッとした。
自分や、自分の母がなぜ頭を下げて「ありがとうございます」と言っているのか、その言葉や行動の意味が本当に理解できていない。
「生真面目な男」という評価が最適だと常に思っていたが、どうやらそれは違うらしい。
「私は何か間違ったことを言ったでしょうか」
「えっ」
沈黙が広がった。
母も妹も言葉を失ってしまっていたが、どうやら自分の息子・兄が異常者であるとは思っていなかったらしい。
ただ少し冷淡な性格をしていて協調性のなさがエゲツないカスだと認識していた。
父だけは「親に似たのかなあ」とは薄々思っていたらしい。
全部、自分の中の理屈で情報を処理しているんだ。
感情で動くことがまずないんだ。
……そう理解した。
途端、朝飛は色々な考えが頭をよぎった。
今までの行動すべて「他人とは少しズレている奴」だという心の片隅にあったこの男に対する違和感。
「……普通、『ありがとう』と言われたら、どういう状況だろうと『どういたしまして』なんだよ」
言ってみた。
「それは、初耳だ」
どういう教育をされていたんだ……と呆れる。




