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それから少し話をして、「もう遅いから夕ご飯食べていく?」という話になった。
「いいんですか」
「良いんだよ、カレーだから大量に作ってある」
「寸胴鍋で作ってあるからおかわりもいける」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
新沼家のカレーが好きだった。
なんだか分からないけれどおいしかったのは、おそらく母の味に似ていたからだろうか。
カレーなんて誰が作っても一緒なのかもしれないけれど、よくわからない感傷が彼を襲った。
少し溢れそうになった涙を拭いながら、二杯ほど平らげた。
そして、今日はお暇しようかなという頃になって、「明日から三連休だしどうせなら遊びに行きたいよね」と朝飛の兄が言った。
「七人で遊びに行ける所があれば良いよね」
「七人で?」
「うん。遊園地とか行っちゃおうぜ。尾島くん遊園地行ったことある?」
「小学生の修学旅行で、一度だけ」
「八木山のな」
「ああ、それだ」
そういえば気にしたことなかったけれど、優心と彼は学区が同じだから小学校も勿論同じだったのか。
朝飛はふと思って、「小学時代のこいつどんなんだったんだろう」と考えてみたが、想像できなかった。
「小中高一緒ってこと? 幼馴染じゃん」
「クラスは全然違うから名前と顔を知ったのはつい最近です」
「へー。人に歴史ありって感じだ」
「本当にそうだろうか」
「とりあえず明日は遊園地行こうぜ、いいだろ遊園地。最近できたキャッピーランドっていうのがあったはずだからそこ行こうぜ」「三連休だから混んでそうだけど」「まぁ混んでてもそれなりに楽しめるのが遊園地の良いところだよな。植物園のエリアもあるらしいし」「え、行きたいですね」「ほらミスターくんもこう言ってるぜ」「えーじゃあいいか」というようなやり取りがあって、就寝。
朝飛の部屋に布団が敷かれて眠ることになった。
隣で優心はぐっすりと眠りについていたけれど、彼はなぜだか眠れなかった。
「どうした?」
朝飛が、パイプベッドの上から顔をのぞかせた。
その顔と目が合って、彼はいたずらみたいに瞳を光らせてみる。
「ゲッ、眩しい。なんなんだよ」
「考え事をしてたんだ」
「考え事?」
「ああ。……君のご両親やお兄さんお姉さんはとても善良な人間だ。君からしてみれば、それが普通なのかもしれないけれど、私から見れば彼らはとても特別な人間だ」
「そうかな」
「そうだよ。彼らは善人だ。優しくて、愉快だ。私がおとなしいので、盛り上げようとしてくれてああいう言動になっていたんだろう。とても良い人たちだ。だから、一瞬……ほんの一瞬、『私にはもったいない』と思ってしまった。私が私である以上、こういう事は常に考えてしまうような気がする」
「意外とウジウジする性格だもんな」
「ああ、そうかもしれない」
少しだけ笑いながら、彼は語った。
瞳の光が消えていく。
「そうだな……俺からしたらお前も十分『良い人』だと思うよ。お前がどういうつもりで善悪の区別をつけてるのかとかはわかんないけど、俺の尺度で言えば、お前は善良。だから俺はいつでもお前を受け入れるし、この家だっていつでもお前を受け入れるだろうさ。手土産なんかなくても来ていい家ってあるだろ」
「……実家くらいではないかな」
「実家、ね。……とりあえず寝ようぜ」
翌日。
「服とかどうする?」
「いったん帰って取ってこようぜ」
「おばあちゃんに行ってきますと言いたい」
「かわいい」
そして。
遊園地キャッピーランドに到着。
『僕遊園地なんて初めてだな』
『そうか、君が生きていた時代に遊園地などなかったか。どうだ、しばらくのあいだ身体を変わるか?』
『えー、いいよ。君の中から見てるだけで楽しいもの』
「とりあえず片っ端から遊びつくそうぜ」
「ミスターくん、お化け屋敷行こうよ」
「ハハ、初っ端からお化け屋敷ですか」
「駄目?」
「しかしなぜ私と」
「吊り橋効果」
「あまりにも潔い。しかし私は怖いもの知らずなのであまりそういう物は効かないかと思われます」
「えーそんなー」
ジェットコースターだのなんだのといったアトラクションで大はしゃぎする新沼家を見守りながら、比較的おとなしい朝飛の父と彼はコーヒーを飲みながらベンチに座っていた。
しばらくは天気の話をしたりなんかしていたが、目の前で子供が転ぶと駆け寄っていって、泣きやませた。
「きっと……私は、本当は、誰かの涙なんて見たくないんです。笑顔が好きなのも、そうなんです。笑顔っていうのは、私にないものばかりで出来上がったものだから。……もっと平和になったら、私も笑顔になりたい」
「平和に……?」
「はい。その時……たぶん、ここにいないけど、でも、私に愛を教えてくれたあなた方の幸せは、どこに居ても願います。みんなには、笑顔でいてほしいんです」
「そうか。しかし、君は……」
その時だった。
何処かで何かが弾けるような音と空気の揺らぎを感じた。
「……これは……」
『何か来るよ、尾島くん』
「らしいな。しかし、何処から……」
次の瞬間、蜘蛛のような怪物が現れた。
大きな──蜘蛛だった。
二階建ての家ひとつ分はあるだろう大蜘蛛が突如現れ、ジェットコースターのレールに衝突する。
「まずい……まずい……!」
カートが地面に落ちかけている。
彼は駆け出し体を光に転換し始めると、ビカッという光が走りビカットマンが現れ、カートに乗っていた人達を一人ずつ地面に降ろした。
「なん、だ……!? おい、おっ……ビカットマン! ありゃあ……」
「私にもわからない! すまないが、スタッフに状況を知らせ、すぐに避難をさせてくれないか!」
「わかった!! 行くぞ新沼」
「気持ち悪ィ蜘蛛ォ〜……やっちまえ!」
「わかった」
大蜘蛛はビカットマンを見つけるも、「異態肉彦」と名を叫び、口から真っ赤な粘液を飛ばした。




