35
十一月一日・金曜日。
放課後になって、マンガ・アニメ研究部の部室で「此処まで来るとそろそろ三年生だなあと実感する」「君は三年生になれるかな」「ぶち殺されてぇかテメェ」などと言い合っていると、部室の外で電話をしていた朝飛が「ハァ!? 帰ってくる!?」と声を荒げた。
「なんだ?」
「彼にも色々あるのだろう。それより、君は進路を決めているのか」
「進路の話いやだ」
「考えないとならないよ」
頭痛。
「大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ」
「しかし、お前はいいよな、頭いいし。何処でも食っていける」
「愛想がないから挫折するだろうさ」
「ミスター愛想なし」
「ふむ。しかし、君も大概だろ。友達いないじゃないか」
「やめろよ、その話は」
話し合っていると、朝飛がやってきて「尾島!」と言った。
「どうかしたか、新沼朝飛くん」
「いろいろ事情があるんだけど……行くぞ、俺ン家! 加賀美も」
「俺も? 俺いいよ、まだコーヒーあるし」
「ほら行くぞ」
「ダルい」
「新沼朝飛くん、どうか話せる範囲で事情を話してくれないか、先ほどの電話と関係があるらしいが」
どうやら朝飛の父親が海外出張から帰ってくるらしい。
そして、どうや母から自分が海外に行っていた間の事はおおかた聞いていたらしく、「息子を救ってくれた恩人」が気になって仕方がないのだという。
会いに行ける恩人・尾島青空。
「なるほど、それで私を見せに行くのか」
「じゃあ俺いらねぇじゃん!!」
「お前は付き添いだ。一応同居人だろ? なんか、『良ければウチで面倒を見ることもできる』とか言ってるらしいんだよ」
『ふうん、新沼くんはあまり父親のことが好きではないと見える』
神戯閃光児が言う。
『思春期だものな、良いことだよ』
『親を嫌うの、いいことかい?』
『反抗期のない人間こそ予後がやばい』
『君はたまに根拠のない酷いことを言うね』
「いま神戯閃光児と会話してたろ」
「ムフフ。君の家にあがらせていただくのだから何か土産でも持っていったほうがいいなという話をしていたんだ。贈答用に利用する菓子店があるんだ。そこに行こう」
カジュアル衣料店の隣にある和菓子屋に行き、いくつか購入し、いざ新沼家へ。
「こういう手土産とか別に良いのに」
「良くないよ。私はお邪魔する立場にあるのだから、こういう社会的なマナーというのは守らなければならない」
「学習?」
「それはもう燃えたよ」
「ミスターバカ真面目」
「いけないか?」
「全然」
朝飛がはにかんだ。
その顔を見て、じっと見て、胸のなかにじわじわと、久しぶりにあの感覚がおとずれた。
なんだろう、この感覚は。
「どうした?」
「いや、なんでもない。動悸がしただけだよ」
「やべぇじゃん」
「そうかもしれないな」
新沼家に到着すると、どうやら兄姉も帰ってきているらしい。
「またいるー!」
「だってミスターくん来るっていうもん。会いたいじゃん」
「暇なのか……!?」
「大学生っていうのはお前が思ってるより暇なんだよ」
「博奕くらいしかやることないしな」
「カス……!!」
「どうも、お久しぶりです」
「ミスターくん今日もかっくい〜ね」
「はい。私はとてもかっこいいです」
「冗談言うようになってんじゃ〜ん」
「どうも」
リビングに入ると、そこには男がいる。
いつか見た朝飛の叔父によく似ているので、「この人が新沼朝飛の父だな」と細目で分析。
「どうも、お邪魔します」
「うん。とりあえず座ろう」
「はい」
ぽすん、とソファに座らされる。
「どうも、尾島青空と申します。新沼朝飛くんとは同じクラスというのもあり、よく話をさせていただいております」
脳がビリっとしたような感覚が走る。
動きが止まる。
「ん? どうした?」
「えっ、ああいや……すいません。いつも良くしていただいているので、その感謝の気持ちです。どうぞお納めください」
頭が痛い。
「大丈夫か?」
「うん。平気だ」
「でもお前、なんか変だぜ。今日ずっとそんな感じじゃないか?」
「そうだろうか。……冬も見えてきた頃だし、風邪でも引いてしまっているのかもしれない」
「大丈夫かよ」
「ああ。まだ頭痛程度だ。帰ったらおとなしくするよ」
「そうしなさい」
朝飛の父・新沼光介はその様子を眺めながら、脚を組む。
「君、趣味はあるか」
「はい?」
「趣味はあるか、と聞いているんだ」
「趣味ですか」
「好きなものでもいい」
そういえば知らないな、と朝飛は思い返す。
自分が尾島青空という人間を知っているとしてもそれは表面的なものだし、異態肉彦という裏の顔はつい最近まで裏ですらなかった。
ビカットマンは、どうなのだろうか。
「好きなもの。あります。私は花を見るのが好きです。去年なんかも植物園に行って、綺麗な花を見ました。……それに、私がいいなと思ったのは、花を見ると人は笑顔になるんです。私はその顔を見るのが好きです。最近では、花火も好きになりました。親を喪って笑えなかった子が、花火を見て笑ったんです。それを見て、好きになりました」
「ほう。それで」
「私は人の笑顔を見るのが好きです。みんなには笑顔でいてほしい」
だから、それを奪う奴らが許せない。
「そうか。では次に……嫌いなものは?」
「それは。言うと怒られるので、言えません」
「そうか。それでいい。君は随分と優しい人間らしい」
「いえ、そんな事はありません。ただ、私をそういうふうに思ってくれるのは、きっと新沼朝飛くんのお陰ですよ」
「えっ、俺?」
「だってそうだ。私は君から人の心の優しさを学ぶことができた。君がいてくれなければ私は彼にこう言われることなどなかった」
だから、君を傷つける奴らが許せない。
「君のおかげなんだ」
「…………」
「尊い寺は門から知れると言うけれど、君はまさしくそういうところがあるな。加賀美優心くん、君もそう思うだろう」
「ん? えっ? なに、何も聞いてなかった」
「人の話はしっかりと聞いていなさい」
「完全に輪の外だったからさぁ……」
「新沼朝飛くんの善性が表に出ているだろう」
「え? そうかな……そうかも……俺人を見る目だけはないからさ」
ムッ。
「別にいいだろ俺の話は」
「何故。私は君の素晴らしさを君のご両親の耳に入れておきたいんだ。であればこそ、こうして……」
「お前喋るときは本当に喋るよな。静かになさい」
「いや、しかしだね。いいかい、新沼朝飛くん。私は私亡き後、君のような善人はきっと苦労すると思うんだ。君は優しいからすぐに人を許してしまうし、手を差し伸べようとしてしまう。人を助けることに躊躇いのない君は、きっとその性分に付き合わなければならなくなる。君は君自身の心で甘えられるような、頼れる友を見つけなければならない」
「うるせぇなマジで。黙れって妻の言うに向こう山も動くって言うぜ」
「妻?」
「妻でいいだろもうこの際。黙りなさい」
「わかったよ。しかし……あっ、会話の途中にすまないが、用を足してきてもいいだろうか? コーヒー飲みすぎたかな。トイレットは風呂場の横だったな?」
「行きなさいよ」
「すまないね」
彼が出ていって、しばらくしてから「ああいう奴なんだよ」と父に向かって困ったように言った。
「彼は少し変わった男だな」
「バカなんですよ。人の事が分からないのに人の事が好きで好きでたまらない奴なんだ。人を助ける事に躊躇いがない。あいつの思想とかはあんまり共感できねぇけど、あいつ自体は好きだよ」
優心は言ったあとに「四六時中一緒にいると疲れるけど」と付け足して言葉を終わらせた。
「私と一緒にいるのはつかれるか」
いつの間に。
「疲れるよ」
「それはすまなかった。しかし君はなんやかんやと一緒にいてくれるので、私は君のことも好きだよ」
「うるせぇバーカ」




