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場所を山のコンクリート塊の前に移す。
転移霊術はあまり頻繁に使えるものではないらしく、ここには車でやってきた。
この頃になると、魂も彼に戻しており、ハヂメは「神様ともっとお話したかったな」とからかうように言った。
「はやく固有霊術というのを見せていただきたい」
「そうだね、はやくしよう」
彼は手のひらをコンクリート塊に向けて広げてみせる。
「まず……固有霊術の歴史から語っていこう。そのために若者ひとり残らずここまで連れてきたわけだからね。私はもともと大所帯が苦手なんだけどね。空明くんも一言一句聞き逃してならないよ」
「は、はい!」
「まず、固有霊術を国内ではじめて使ってみせた霊能者のことを語ろうね。彼女の名は馬路森子。高俣敏彦という祓い屋の助手のようなことをしていた。彼女は誰も持っておらず、そして誰にも習得できない霊術を持っていた。空間を写真のように切り取るという術だが、それを恐れ、そしてその力を欲した高俣家は馬路森子を研究した。人類が進化していることがわかったのは、彼女が産んだ十八人目の赤子・天獄を解剖したときの事だね。天獄はその後自身の持つ神性で再生し、行方をくらませたけれど、それはまたあとで話すけど……ともかく、固有霊術とは人類の進化なんだ」
「つまり、次のステップに進んだ一部の人間のみの特権、ですか」
そうなる、とハヂメが笑む。
「固有霊術は『詠唱』がある。この詠唱は頭の中に浮かんでくるものだけれど、今は異理箱が相手なので時間との戦い。見なさい、コンクリートが溶け始めている。内側はもうすっかりドロドロだろうな。木も腐り始めている。詠唱破棄でやらせてもらう」
「固有霊術の詠唱破棄は限られた天才のみに許されない超絶技術なんだよ。おぼえておこうね」
空明の父が補足情報を入れる。
「私の固有霊術は簡単に言えば、引き寄せたり遠ざけたりするものである。名は〈十村〉。私のこれがあれば触れずとも圧し潰せる。五メートルくらい離れて」
コンクリート塊をすり抜けるようにして、木箱が現れる。
そして、それをちょうどいいところで「引き寄せるエネルギー」と「遠ざけるエネルギー」をうまい具合に扱い、両手の間に浮かばせると、そのままエネルギーをすり合わせるようにぶつけ、圧し潰してしまった。
「私が出ると、たいていはこれで片付いてしまうので、人生に面白みがない。ので、普段は『右隣人がビリヤニを食っている』『左隣人が緑色の靴下をはいている』『部屋の前に枯れ葉が落ちている』という条件が揃っていないと出られないように東京のマンションに封印してもらっているんだ。右の隣人はあまりビリヤニを食わないから、二年に一度しか出られない」
どうしても出てきて欲しい時は右隣の部屋でビリヤニを食い、左隣の部屋で緑色の靴下をはき、部屋の前に枯れ葉を落とせばいい。
「君も自分が強すぎると思ったら、封印されるのもいいよ」
「封印されている間の食事などはどうしているのですか」
「たいていは知人に持ってきてもらっている。部屋から出られないだけで招き入れることはできるからね。私だけが出られない部屋だから。君も封印される予定あり?」
「未来によっては、それもいいなと思います。ただ、私は寂しさに耐えられない男なので、電話をしたいし常に隣に誰かがいてほしいです」
「少しわかるけど、三年目あたりで慣れてくるよ」
「慣れたくないな……」
朝飛はその横顔を少し眺めてから、目を逸らした。
「あっ、ていうか今日隣の人ビリヤニ食って緑色の靴下履いてたんですか! 枯れ葉が玄関前に!?」
優心が小さく興奮したように言う。
「ん? ああ、そうなるね」
「キモいマンション……」
「なんでぇ。いいだろ別にビリヤニ食っても。緑色の靴下はいてても。枯れ葉だってよくある話だろ」
彼は深く考えていた。
将来的には封印されるのもいいかもしれない、と思ったのだ。
もし、ビカットマンとしての自分にできることが何もなくなったら、その時の自分はただの異態肉彦である。
そうなれば、人間社会にいるわけにはいかない。
だったら封印されるのもいいだろう。
「尾島」
そのようなことを考えていると、朝飛が声をかけてきた。
「どうかしたか、新沼朝飛くん」
「いま変なこと考えてるだろ」
「おかしなことなど何も考えていない。心配しなくても良いよ」
「いや、変なこと考えていたときの顔をしてた。……何を考えているのかとか、そういうのはわかんないけどさ……いつか封印されたいとか考えてるんなら、俺はそういうの嫌だよ」
「ほう、なぜか?」
「だってお前が封印されるって事は、いつでも会える関係じゃなくなるってことだろ」
「いつでも会いにくればいい。寒河江ハヂメさんの説明によれば、同じ封印であれば君たちの出入りは自由らしい」
「そもそもなんで封印されたがっているんだ」
「君に言うと怒るから、言わない」
ムッとして朝飛は彼の腹を小突いた。
「全部終わったらの話だよ」
「全部ゥ?」
「私がビカットマンでやれることを、すべて終わらせたらだ。……つまり、愛星友を滅ぼしたら──という事だ。その時には封印されたいと思ってる」
「なんで。お前ビカットマンじゃなくなったら……あーっ!! そういうことかお前!! おい!! 加賀美! こいつしばくぞ!!」
「言ってないのにバレた。いたい、いたい、やめてくれ」
しばかれた。
性懲りもなく。
気を取り直して、地面に尻もちをつきながら、プンプンの顔で見下ろしてくる朝飛を一瞥。
とても不機嫌そうである。
「君も将来のこと考えないとならないよ」
「あぁ?」
「全部終わってまで……私の傍じゃダメだろ」
「なんで」
「私がつらいんだ。わかってくれ」
「またこの話するのか? 俺は拳のほうが語りやすいけど」
「だってこいつ何度言っても考え改めねぇもん」
前の時点で言いたいこと何もわかってねぇな、とは思っていたが。
「……君たち並んでそこにいなさい」
「あ? 逃げるなよ」
「逃げないさ」
五歩離れて、二人を一緒に視界に入れる。
ああやっぱり。
「なに笑ってんだよお前」
「なんでもないよ。満足しただけだ」
やっぱり。
「満足ゥ? なにに満足したテメェ」
「怒られるから教えない」
自分がいないほうが自然だった。
「……」
生まれたのが間違いだった。
たとえば、朝飛と優心のこのふたりの間に空明を入れても自然で似合うのだろうと思う。
高校の先輩後輩で、友人同士。
そういう関係に見える。
自分だけがいらない。
自分だけが不自然。
自分だけが似合わない。
だって自分は「愛星友の神様」なのだから。
「とりあえず終わったことだし帰ろうよー。このまま直帰すんのつまんないから寒河江もいることだし焼肉とかいかない? 文化祭の打ち上げとかいけないタイプだろ、君たち」
「なぜ貶されなければならないんだ」
「そうだそうだ」
「俺も怒るぞ」
ミスターバカ陰キャラ・新沼朝飛・加賀美優心の、打ち上げに誘われたことなど一度もないトリオはムッとしてそっぽを向いた。




