王国歴1454年頃
十八 ひわの下書き 青葉の月
お手紙拝見しました。青葉の月の茶会には伺えません。
先日、主人が夕餉の席で、茶会が多すぎる、と申しました。この一年で主人から聞いた言葉のうち、いちばん長い言葉でした。お義母様はそれを聞いて、うなずいておいででした。
あとで女中の一人が、私の髪がいつも崩れて帰ってくるとお義母様に話したことを知りました。馬車に揺られると髪が崩れるのは、誰でも同じはずです。〔閨には来ないのに、私の髪は見ているのです〕
袖の葉は八十九枚で止めました。主人の両の袖はもう葉で埋まり、刺すところがありません。〔刺すところがないのは、袖のせいだけではありません〕
しばらくはお手紙だけにします。お子様方はお元気でしょうか。坊やはもう七つ、お嬢様は五つになられたはずです。
十九 つぐみより 日盛りの月
日盛りの月の庭は、昼のあいだはどの花もうなだれておりますが、日が落ちると息を吹き返したように香りだし、夜の温室は昼よりもにぎやかなほどでございます。お手紙を拝見してしばらく何も手につかず、ひわ様のお屋敷のことを思うと、私の茶会がかえってご迷惑をおかけしていたのかと、申し訳なく存じます。
それで少し考えまして、これからは近くの領主の奥方様方も時々お招きして、私の茶会が誰にでも開かれた、ありふれた集まりに見えるようにいたします。ひわ様のお義母様にも、寮の友だけをお呼びしているのではないと、それとなくお伝えできましょう。
お会いできないあいだのことも考えました。次の満月の夜、同じ刻に、ひわ様はお屋敷で針箱を開き、私は温室で花の手入れをいたしませんか。離れていても、同じ月の下で同じ刻に手を動かしていると思えば、一人の夜も一人ではないような気がいたします。図案は寮の帰り道の垣根の花にいたしましょう。
坊やは七つになり、主人について馬に乗るのだと言い張って聞きません。娘は五つで、温室の鉢に毎朝水をやるのが自分の役目だと決めたようでございます。二人とも、ひわ様の葉の産着はもう着られませんが、箪笥の奥に大事にしまってございます。
まだ暑い日が続きますので、どうかお体をおいといくださいませ。
二十 ひわの下書き 実りの月
お手紙拝見しました。満月の夜、承りました。
あの夜、皆が寝静まってから、針箱を膝に置いて窓を開けました。月のよく見える晩でした。垣根の花の図案を思い出しながら、一目、また一目と針を通し、糸を引いていると、途中から図案が見えなくなって、糸が切れました。〔つぐみ様の指ではありませんでした。それが分かっていて、やめられませんでした〕
一つ、伺いたいことがあります。お義母様のお知り合いの奥方様から、つぐみ様が隣の領主の奥方様を温室にお通しになったと聞きました。〔温室に、ほかの方を〕〔あの鉢を、ほかの方にも〕
ありふれた茶会にするためと分かっています。分かっていて、こんなことを書く私が嫌です。〔この一行は消します〕
次の満月も、同じ刻に窓を開けます。
二十一 つぐみより 刈入れの月
刈入れの月に入り、畑の麦が刈り取られると、庭のむこうの丘までがひと目で見渡せるようになりました。晴れた日には、ひわ様のお屋敷のある都の方角も、遠くかすんで見えるほどでございます。お手紙、何度も読み返しました。
隣の奥方様をお招きしたのは本当でございますが、お通ししたのは表の客間だけで、温室には一歩もお入れしておりません。どなたがそのようにお話しになったのか存じませんが、温室の戸の鍵は、ひわ様が最初にいらした日からずっと、私の帯に結んだままでございます。あの鉢も、奥の棚のしべの長い花も、ひわ様のほかにはどなたにもお見せしておりません。
満月の夜は、私も温室におりました。灯を一つだけともし、ひわ様のお好きな一輪の手入れをしておりますと、蜜がこぼれて指を伝い、拭ってもまたこぼれてまいります。しまいには拭うのをあきらめて、月が雲に隠れるまでそのままにしておりました。こういうことは書き直せば書き直すほど書けなくなる性分ですので、このまま出してしまいます。
次の満月も温室におります。ひわ様の窓のほうへ、灯を向けておきましょう。子どもたちも、ひわ様はいつおいでになるのかと、近ごろは私よりもしきりに尋ねてまいります。
お屋敷では、どうかお心を強くお持ちくださいませ。いずれ必ず、またお目にかかれる日がまいります。
二十二 ひわの下書き 白霜の月
お手紙拝見しました。
鍵のこと、読んでから三日、帯を締めるたびに思い出しています。疑ったことを、お許しください。あのお手紙はほかの手紙とは分けて、文箱のいちばん底に入れました。人の目には容易に触れないところです。
満月は三度とも窓を開け、三度とも、都のはずれのほうに灯が見えたような気がしました。
お義母様が聖燭の月に都の南の大聖堂へ巡礼に出られ、主人もお供をするそうで、屋敷には女中が二人残るだけです。〔その十日のあいだなら〕〔お顔が見たい〕
袖の葉はまだ八十九枚のままです。




