王国歴1450年頃
十二 つぐみより 芽吹きの月
芽吹きの月に入り、温室の鉢がいっせいに若い芽を伸ばすころになって、坊やは毎朝女中の手を振りほどいては、よちよちと温室の戸口まで歩いてまいります。三つになって言葉もいくつか覚え、花を指さしては、はな、はな、と申しますので、ひわ様にもぜひ一度お聞かせしたいものでございます。
さて、少し恥ずかしいお知らせがございます。秋の刈入れの頃に、もう一人生まれる見込みとなりました。まだお腹も目立ちませんので、身の軽いうちに、温室でお茶をいただきとう存じます。主人は花冠の月の初めから、北の山の村々の見回りに出ることになりましたが、春の長雨で山道があちこち崩れ、毎年のように馬が足をとられるのだと、出かける前から渋い顔をしております。
この前のお手紙に、押し花をもっと早く知っていたら、とお書きになっていましたね。私も同じことを思いました。寮の頃は二人とも、花は一輪ずつ摘んで眺めるものだと思っておりましたもの。そこで今度も、寮の頃にしなかった遊びをいたしませんか。二人で向かい合わせに座り、互いのための花を同時に摘み合って、どちらが先に籠をいっぱいにするか競うのでございます。
花冠の月の三の日を空けておきます。坊やは乳母に預け、女中たちには温室に近づかないよう申しつけておきましょう。お気に入りの一輪のほかに、今年は温室の奥の棚に、しべの長い珍しい花が咲きそうで、ひわ様に真っ先にご覧いただきたく、まだ誰にも見せずにおります。
お屋敷のほうはお変わりございませんか。ご主人もお義母様も、ひわ様にやさしくしてくださっていればよいのですが。どうぞお体を冷やさぬよう、お気をつけくださいませ。
十三 ひわの下書き 芽吹きの月
お手紙拝見しました。二人目のお子様、おめでとうございます。坊やが、はな、と言うのを、私も早く聞いてみたいです。
花冠の月の三の日、承りました。お義母様には、つぐみ様のお体を見舞いに行くと申します。近ごろお義母様は、私が茶会から戻ると、どの部屋でお茶をいただいたのかと尋ねるようになりました。温室で、とだけ答えています。
主人は相変わらずで、夜は書斎で休み、朝の食卓でだけ顔を合わせます。〔閨の戸はこの一年、一度も開いていません〕
籠の競い合い、受けて立ちます。寮の頃から、花を摘むのは私のほうがいつも速かったはずですから。〔しべの長い花、と読んだところで、筆が止まりました〕
袖の葉は四十一枚になりました。主人の左の袖が埋まったので、右の袖に移っています。
十四 つぐみより 花冠の月
花冠の月の庭はどこを見ても花ばかりで、温室の中よりも外のほうがにぎやかなほどでございます。先日は遠いところをお越しくださいまして、ありがとう存じました。坊やはひわ様のお膝がたいそう気に入ったようで、お帰りのあと、ひわ、ひわ、と二日ばかり探しておりました。
籠の競い合いは、とうとう勝ち負けがつきませんでしたね。向かい合わせに座って互いの花を摘み合っておりますと、ひわ様の手が速くなれば私の手も速くなり、私が手を止めればひわ様もお止めになりました。しまいには二人とも、籠がいっぱいになったのか、こぼれたのかも分からなくなってしまったのでございます。
奥の棚のしべの長い花は、思ったとおりひわ様のお気に召したようで、花びらには目もくれず、真ん中のしべばかりを長いあいだ熱心にご覧になっておいででした。あまりにご熱心なので、花より先に私の顔が赤くなったほどでございます。
それから、温室の花の蜜を、ひわ様は寮の帰り道のように根元から吸ってくださいましたが、そのあいだも片手では刺繍の続きを、一目、また一目と進めておいでで、なんと器用なお方かと感心いたしました。
お帰りの馬車を見送ってから温室に戻りますと、籠からこぼれた花びらが床一面に散っておりまして、女中に見られる前に、一人で掃き集めました。
秋にはお腹も大きくなり、温室までも参れなくなります。その前に、日盛りの月にもう一度お目にかかれましたらうれしゅうございます。お気に入りの一輪を、今から選んでおきましょう。
十五 ひわの下書き 花冠の月
お手紙拝見しました。
籠の競い合いに勝ち負けがつかなかったのは、つぐみ様が途中でずるをなさったからです。〔私の手を、花ではないところへ〕
刺繍のことを書いてくださったので、私も針のことを書きます。あの日は一目では足りず、二目、三目と重ねました。糸を引くたびにつぐみ様の籠が揺れて、〔糸がもつれて、どちらの糸か分からなくなって〕三度、糸が切れました。〔四度目は、私のほうが〕
しべの長い花はいつまでも見ていたかったのです。〔見ているだけでは足りませんでした〕
〔こんなことは書けません。書き直します〕
十六 ひわの下書き 花冠の月
お手紙拝見しました。先日はありがとうございました。
籠の競い合いは次こそ勝つつもりで、今から指をよく休ませておきます。
しべの長い花は本当にめずらしい花でした。あれほど長く見ていても飽きない花を、私はほかに知りません。
刺繍をお褒めいただき、恐縮です。あの日はいつもより針が進み、糸を三度替えました。帰ってから袖を見ると、葉が一枚ふえていて、四十二枚になっていました。
日盛りの月も伺えるようにして、お義母様には、身重の方のお手伝いと申すつもりです。
秋にお生まれになるお子様が、どうか健やかに育ちますように。
十七 つぐみより 刈入れの月
刈入れの月の十の日に、女の子が生まれました。畑では麦を刈る音が朝から晩まで聞こえ、その音を子守歌がわりに、赤子はよく眠る子でございます。お産は坊やのときよりずっと軽く、主人も今度は見回りに出ずに家におりましたので、生まれてすぐに抱いてやることができました。坊やは妹の小さな手を、そっと指でつついては、私の顔を見上げてまいります。
日盛りの月の茶会では、お腹が重いうえに暑さもひどく、温室の窓を開け放って二人並んで扇を使い、冷めたお茶を少しずついただくばかりで、何のおもてなしもできませんでしたね。それでも、ひわ様が黙って隣にいてくださっただけで、私にはこの夏いちばん涼しい午後でございました。
温室の棚の二つの実は、今年はもう摘まずに、冬まで枝に残しておくことにいたしました。しばらくは、ほかに入り用ができましたので。
もしお許しいただけるなら、娘の産着にも、坊やのときと同じように、ひわ様の針で葉を一枚刺していただけませんでしょうか。兄と妹で、同じ葉を胸に着せてやりとうございます。
白霜の月の終わりには床を上げられると、産婆が申しております。そうしましたら、またお気に入りの一輪を用意して、お待ちしております。お屋敷では、ご主人とお義母様のことで、どうかご無理をなさいませんように。




