王国歴1445年から1446年頃
一 つぐみより 聖燭の月
聖燭の月も半ばを過ぎ、都の外れのこの家にも、婚礼の灯の名残がようやく片づいてまいりました。ひわ様のお式は私より七日あとと伺っておりましたので、今ごろはお屋敷の灯もひととおり落ち着かれた頃かと存じ、筆をとりました。
こちらの家は都から馬車で半日ほどの、林と畑に囲まれた古い家でございます。主人はお忙しい人で、婚礼の翌日にはもう馬で領内の見回りに出かけ、十日に一度ほどしか戻ってまいりません。お義母様は都のお屋敷にお住まいで、奥のことはすべて任せると仰せくださいましたので、嫁いだその日から、私はこの広い家の主のような顔をしております。
庭はすっかり冬枯れておりますが、南の端に小さな温室がございまして、主人のお祖母様が花を育てておられた名残だそうでございます。中をのぞきますと、名も知らない鉢がいくつも並び、その一つだけが固い蕾をつけたまま冬を越そうとしておりました。春になれば、どんな色が開くのでございましょう。
寮の庭に、つぐみとひわが来ていたのを覚えておいででしょうか。ひわは枝の先に、つぐみは地面に、いつも少し離れて餌をついばんでおりました。あの帰り道、垣根の花を摘んでは、二人で根元の蜜を吸いましたね。甘いというより、ほんの少し青い味がいたしました。こちらの垣根にも同じ花が咲くかどうか、春が来たら確かめてみるつもりでおります。
寮の寝台は二人には狭うございましたが、こちらの寝台はひとりには広すぎて、夜はなかなか温まりません。ひわ様も新しいお屋敷で寒い思いをなさっていなければよいのですが。お屋敷のこと、お義母様のこと、ご主人のこと、何でもお書きくださいませ。お返事を、温室の蕾と一緒にお待ちしております。
二 ひわの下書き 聖燭の月
お手紙拝見しました。七日遅れて、私も無事婚姻が終わりました。
屋敷は都の西の、通りから一本入ったところにあります。お義母様と同じ屋根の下で暮らしていて、朝の挨拶から夜の灯を落とすまで、お義母様のお目がどこにでも届きます。主人はお役目で公家のお屋敷へ通いますが、日が暮れる前には必ず戻る、誠実な人ではありますが、口数の少ない人です。
嫁入りの荷に、母が針箱を入れてくれました。寮で使っていた指貫も一緒です。こちらでは刺繍をしていれば、誰にも何も言われません。今は主人の衣の袖に、小さな葉を一枚ずつ刺しています。
寮の庭の小鳥のことは、私もよく覚えています。〔つぐみが地面に下りると、ひわもあとから下りていきました〕
寝台が広すぎる、と書いてくださったところを、三度読みました。こちらは狭くも広くもありません。〔ひとりのほうが、まだよかった〕
温室の蕾が開いたら、知らせてください。
三 つぐみより 芽吹きの月
芽吹きの月に入り、温室の窓に朝の日が差し込むようになって、あの固い蕾もほんの少しほころびかけております。毎朝見に行っては、まだ開かないで、と言い聞かせているのですが、花のほうは聞いてくれそうにございません。
さて、お誘いでございます。花冠の月の初めに、主人が領内の東の端まで、十日ほど見回りに出ることになりました。そのあいだに、ささやかな茶会を開きたいと存じます。お招きするのは寮の友を一人だけ、とお義母様にお伺いを立てましたところ、気晴らしにはよいことだと許してくださいました。ひわ様のお義母様には、私から改めて丁寧なお願いの文を差し上げます。
茶会の支度はすべて私がいたしまして、女中たちには、その日は奥の温室に近づかないよう申しつけておきます。どなたにも気兼ねなく、ゆっくり花をご覧いただけるように、と思いまして。湯は温室の小さな炉で私が沸かしますから、湯がたぎるまでのあいだ、二人で鉢のあいだを歩きましょう。
お気に入りの一輪をひわ様のために用意いたしまして、寮の帰り道のように、蜜もお分けいたしましょう。それから、どうか針箱をお持ちくださいませ。ご主人の袖の葉の刺繍を、この目で見せていただきたいのでございます。
お屋敷では、お義母様のお目の届かぬところがないと伺い、窮屈な思いをなさっていないかと案じております。せめてこちらにいらっしゃる一日だけは、寮にいた頃のように、何もかも忘れてお過ごしくださいませ。
四 ひわの下書き 芽吹きの月
お誘い、承りました。お義母様への丁寧なお文も、ありがとうございました。
お義母様は、つぐみ様からのお手紙を二度読んでから、行ってよいと言いました。主人は何も言いませんでした。〔何も言わないのが、いちばん怖い〕
花冠の月の三の日、朝のうちに発ちますので、馬車で半日なら、昼過ぎには着けるはずです。
針箱を持って伺います。袖の葉は二十枚になり、一目ずつ刺していると、日が早く暮れます。
温室の一輪、楽しみにしています。寮を出てから、花を愛でるのは本当に久しぶりのことになります。〔寮の帰り道のことを、毎晩思い出しています〕
湯は私が沸かしましょうか。つぐみ様は昔から、湯がたぎるのを待てない人でしたね。
五 つぐみより 花冠の月
花冠の月の庭は、ひわ様がお帰りになった日から急に色づきはじめ、まるでお見送りのために咲くのを待っていたかのようでございます。先日は遠いところをお越しくださいまして、二人きりの茶会は嫁いでからいちばん楽しい一日となりました。
温室で互いに花を愛であいましたこと、思い出すたびに頬が熱くなります。ひわ様が指でそっと開いてくださった一輪は、あれから毎朝見に行っておりますが、今もきれいに咲いたままでございます。おいしいとおっしゃってなめてくださった蜜は、今もなおあふれるほどで、豊かに滴っております。
ひわ様が鉢の蕾を摘んでくださったとき、私が思わず声を上げて、扇で口を隠しましたのを、笑っておいででしたね。あれはただ驚いたのでございまして、女中たちは言いつけどおり、あの日は温室に誰も参りませんでしたから、どなたにも聞かれてはおりません。
袖の葉の二十一枚目は私の目の前で刺していただきました。一目ごとに、確かめるように針を通しておいででしたので、あの葉だけは、ほかの葉より少し深く刺さっている気がいたします。
主人はまだ領内から戻らず、一人の夜の淋しさは、あの日の茶会を思い返すことで、いくらか慰められております。ひわ様のお屋敷では、ご主人もお義母様もいつもおそばにいらっしゃって、それはそれでお気の休まらないことと存じます。私の茶会が、そのいくばくかの慰めになっておりましたら幸いでございます。
次にお会いできる日にもお気に入りの花を用意してお待ちいたします。女学生のときのように、垣根の花を二人で分けあった頃と同じ、無邪気な楽しいひとときを、またご一緒できますように。
六 ひわの下書き 花冠の月
お手紙拝見しました。
帰りの馬車で、指貫をどこかへ落としました。温室にありませんでしたか。〔指が、まだ〕
袖の葉は二十一枚で止めています。続きを刺す気になれません。……
……の夜、主人が……




