花と針に寄せて
この巻に収めるのは、サルメアの焼亡の焼け残りの箱の中から見つけた束である。木の文箱で、蓋の半分が炭になり、中の紙は箱の焦げた側から順に、端が欠けたり、一面が茶色に煤けたりしていた。学府の買い入れの帳を繰ると、1470年代に都のある家から、書物や家財と一緒にこの文箱を買い入れた記録がある。家の名は帳に残っているが、それは伏せたままにしておきたい。中身を改めた跡はなく、買い入れたまま書庫に納め、焼亡までの数年をそのまま過ごしたのだと推す。
文箱には二つの手で書かれた紙が入っていた。一つは文箱の持ち主に宛てて送られてきた手紙、もう一つは持ち主自身の手になる下書きと控えである。二人は手紙の中で互いを「つぐみ」「ひわ」と呼び合っていて、送ってきたほうがつぐみ、文箱の持ち主がひわである。二人とも本名を書かず、家の名も、夫の名も、土地の名も書いていない。手紙から読めるのは、二人がかつて学府の女学寮で学び、同じ年に都の近くの家へそれぞれ嫁ぎ、それから二十年ほど文を交わしたということまでである。ひわの側は下書きなので、そのとおりに出されたのか、出されなかったのかは、確かめようがない。
手紙には月の名はあっても年は書かれていない。紙の質と墨の色、手紙の中で語られる子の年や季節の行事から推測して年の順を組み、およそ七つの時期に分けた。各時期の頭に置いた年は私の推定で、「頃」と添えたのはそのためである。通し番号と、誰の手紙か、どの月かを記した見出しも私が付けた。
初めてこの束を読んだときは、女学寮で学んだ友どうしが嫁いだのちに、夫や姑の愚痴をこぼし、子の話をし、茶会に誘い合う、よくある手紙だと思った。そう読めば、そのまま最後まで読める。ただ、親友どうしの文にしては、と思うところがいくつかあって、そこで読む手を止めた。何がそう思わせたのかは書かない。私が読んだとおりに読む必要はないからである。
並べ終えて結を書いたのは1701年の白霜の月で、それから二年、これを人の手に渡してよいものかと迷った。それでも出すことにしたのは、この文を焼け残りの箱に戻して、また二百年眠らせる気にはなれなかったからである。
王国歴1703年 芽吹きの月
サルメア学府の書庫にて
南方サルメア学府 文学講師
イネス・ラ・ヴァルデ




