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密やかなる文の記憶に寄せて



 私は南方サルメア学府で文学を講じている。ふだんの仕事は名の通った詩や語り物を読み、それがいつ、誰の手で、どんな事情のもとに書かれたかを確かめることである。そのために古い書物を買い集めてもいる。この叢書はその本業の外で拾い集めた手紙を、一束ずつ写して綴じたものである。


 始まりは王国歴1698年に、学府の書庫の焼け残りの整理を任されたことだった。1478年のサルメアの焼亡では書庫が焼け、『オルデンナ王国史』の原本もこのとき失われた。焼け残った文献は二百年あまり、箱に詰められたまま書庫の奥に積まれていて、誰も開けずにきた。その箱を一つずつ開け、焦げた束をほどき、読めるものと読めないものを分けた。大半は帳簿と講義の控えと、写しかけの書物の断片だったが、その中に、差出人も宛先もはっきりしない手紙の束が混じっていた。


 その手紙を読んで、本業で読んできた書物にはない文に出会った、と思った。書いた人は名を伏せ、家を伏せ、書きたいことの半分を別の言葉に包んでいる。包んだぶんだけ言葉は重くなり、一つの花の名、一つの茶会の誘いが、その人にしか書けない響きを持っていた。人に言えない思いを抱えた人が、それでも書かずにいられなかった文は、人に見せるために書かれた文より、言葉が深く、真に迫るのではないか。そう考えるようになった。


 それから、同じような手紙を探して歩いた。古書商の店先に出る文箱、家の取り壊しで出る遺品、売り立ての書物のあいだに挟まった紙片。書いた人がそれを人に読まれると思っていなかった手紙は、思ったより多く残っていて、思ったより早く失われている。紙は焼け、湿り、遺された者が中身を知らずに捨てる。私が拾えたのは、そのうちのわずかな束にすぎない。拾った束を手元に置いておくだけでは、いずれ私の死とともに散ってしまう。それを恐れて、一束ずつ写して綴じ、人の手に渡すことにした。


 叢書の各巻には一つの束だけを収める。手紙は見つけたときのまま写し、言葉を直さず、足さず、書いた人が消した語もそのまま残す。読めないところは読めないまま書くこととする。差出人が誰で、その後どうなったかを、私は調べない。調べればいくらかは分かるのかもしれないが、書いた人たちは名を伏せて書いたのだから、その伏せたところは伏せたままにしておきたい。私が添えるのは、束を見つけた経緯と並べ方を記した短い序と、文として読んで気づいたことを記した結だけである。


 手紙に何が書かれているかを、私の口から言うつもりはない。文は読む人の数だけ読まれてよいし、それを明らかにすることは本書の目的ではない。


王国歴1703年 芽吹きの月

サルメア学府の書庫にて

南方サルメア学府 文学講師

イネス・ラ・ヴァルデ



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