違うのですから
「違うのですから!」
お姫様のターン。
私はずっと、ずっと。
ずっと、ずっと、ずっと前から。
最初から、私は貴女になりたかった。
貴女が羨ましかった。
私は毎日ベールを被っていたのです。前任の曾祖母からも、両親からもよくよく言い聞かされ、私はずっと、そうしていました。
国宝のベールは巫女姫の証。華やかな刺繍の意匠は国の長たる者にだけ許されたもの。世俗と離れ、全てを客観的に見つめ、神の声のもとに道を定める。
私にはできなかったのです。ただひたすらに、訪れる孤独。
あの方は、私の目を、見てくれたのです。絹のベールを被された私の目はいつも編み目の模様で、父も母も、侍女も、誰一人として、私と正対したことがなかったのに。
あの方は、私の目を真正面から、きちんと見てくれたのです。
黒が好きだとあの方は言ったのです。どちらかと言えば、白を彷彿とさせるのに。何故ですかと問うと、少し困ったように__この表情の変化は見分けるのが難しいのです。わかるのはごく少数なのだと、私は知っているのです__…………はにかみました。それはとても、珍しいこと。いつも何かに隠れるようにひっそりと__誰もわからないだけで、輝ける美貌のあの方は、とても辛そうなのです__立っているのです。それなのに、嬉しそうに、恥ずかしそうに、微笑んだのです。
そして。
黒い髪の毛が、舞うのだと。
黒い瞳が覗き込んでくると。
そう、言いました。
世慣れしていなさそうで不安だと、貴族の礼儀が苦手なところが危なっかしいと、家族の愛を信じてくるまれて育った笑顔が綺麗だと、自分とは違う世界を見ているのだと、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ、知っていることを話したのです。私に。
ああ。どうして私はその人ではないのですか。
神様。
私に世界を見せないで。
せっかくきちんと映るようになったきらめく世界は、あの方だけが光源だったのです。
まだ私はベールの中にいるのです?
つい。
彼女は言いました。
私にないものを全て持った、黒髪の、黒い瞳の、王族らしくない、王女。
私はずっと、貴女になりたかった。思ったように、やりたいように。怒って泣いて駆けて。
どうしてそんな風に生きられるのです。
そう、そう、そう、そうなのです。
あのとき私は理解しました。いつまでも布越しに生きていた私の理想を。
涙が出たのは唐突でもなんでもなかったのです。そうなるような気はしていました。心の中の霧は晴れて、一枚いらない皮がはがれたようでした。それはもしかしたら、私のベールだったのかもしれないのですが、それはともかく。すとん、と身体の中に気持ちが落っこちて、おさまったのです。
ずっと、ずっと、そうしたかったのです。
貴女みたいに。自分でいたかったのです。
だからなのでしょうか。だからあの方は貴女のことを大切に想っているのですか。
__あと、できれば、ミニョロ殿下と仲良くなりたかったから、です。
私の中には泉があるのかと思うくらい、泣いてしまいました。貴女のあの一言は、とても嬉しかったのです。
__とても澄んだ色の目をしているのだな。
あの方の言葉が染み渡ったように。ずっと、ずっと残るのです。きっと、この先も。
「検討しないことも……ないのですっ…………」
しゃくりをあげながらの返答は、我ながら可愛げがなかったのです。
かくして私は、彼女と親しくなることに決めました。手始めにお茶会をしなおしましょう、と決闘じみたおかしな提案のせいで、私は午後の貴重な一時を田舎物と過ごすハメになったわけなのですが。
庭園の四阿で待っていると、扉が勢いよく開きました。そして、小柄な人影が小動物のように駆け込んできたのです。
「ニョロちゃーん!」
ん! なんなのです、そのおかしなあだ名! もとから可愛くもロマンティックさもない名前だったのに余計に滑稽ではないですか……。
「あれ、これってヌガーじゃないですか! わあ、いっぱい種類があるんですね! 私、これ大好きなんです。わざわざ用意してくれたり……しますか?」
「ち、ちちちちち違うのです! 大体、何故私が貴女の好物を知っているのです? あ、あり得ないのです!」
言い切ると、そうですか、と落ち込んだように彼女は頷きました。申し訳ない……なんて思わないのです。言ってはいけないのです。私がギー様に調査依頼をしたなんて、恥ずかしすぎて秘密なのです。
若干気まずくて私はごまかしのためにヌガーを一つほおばりました。彼女も恐る恐る手を伸ばすと、ピスタチオのヌガーを選びました。最初はちらちら私の機嫌をうかがっていたのに、すぐに幸せそうにお菓子を食べ始めるのです。
それより、何故、私は腹を立てているのでしょう。………………。きっと、初めて食べるヌガーが歯にくっついて困っているからに違いありません。どうして彼女はこんなにねっとりした菓子が好きなのですか。
私はそっぽを向いたフリをしながら彼女を見ました。
オースティンを加護する、私の神様。
ああ。どうして私は勘違いしていたのですか。
なりたい、ではなく、こうしたい、が正しいのだと、教えてくださらなかったのです。
クリス・二ア・ライティア。
私は貴女になりたいと思っていましたが、今は、貴女のようになりたいと思っているのですよ。今はもう、私は迷わないのです。
だって、私は銀髪ですし、貴女より背も高いですし、お洋服だって豪華ですし、ヌガーだって苦手です。こんなにも違う私なのですから、私は私でいればよいのです。そうして、やりたいように、生きたいように、するのです。
「さっきから手が進んでませんけど……やっぱりニョロちゃん、ヌガーは私のためだったり__」
「ち、違うのですから!」
次回からまた新しい家族の登場に向けた話が始まります。
わー。




