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19・踏み出した王女クリス

「あと、できれば」


 悩みますが成長します。

 私が庭に着くと、ドア越しにいちゃもんが聞こえた。私のこと踏んだお嬢様とその取り巻きだ。声に関しては記憶力に自信があるから、多分間違いない。

 様子を見よう、と覗き込む。ミニョロ殿下が渦中にいた。一対三。でも、毅然としている。そこにいる誰よりも、侍女にだって負けていないぴしりと伸ばした背筋を崩さず、見下ろしてくる相手に怯えることなく真っ白な椅子に腰掛けている。

 一瞬。庭で起きているいじめなんか、忘れてしまった。綺麗なのだ。ミニョロ殿下のいる椅子の位置は今、絶妙な角度で光が当たっている。今日彼女が着ている真っ白なドレスに重ねた淡いピンク色の紗の上着が反射してきらめく。銀色の髪はさらりと顔に落ちて、長い睫毛の影と一緒に憂いを演出している。

 私なんて比じゃないし、嫌なトリオのごてごてした装飾や金持ちアピールのジャラジャラした細工物だって霞んじゃう。

 ミニョロ殿下が何か言ったのがわかった。そうすると、目に見えて三人は気分を害す。……何言ったのかわからないけど、命知らずすぎじゃないですか、ミニョロ殿下……。

「あなた、調子に乗っているのではなくて!?」

「昨日もメイディオ様と長い間お話になったそうね。またお得意の迷信であの方を惑わしたの?」

「オラディアに屈した愚王の娘なんかの待遇がいいのは優しいメイディオ様が気を遣っているからに決まっているでしょうに」

 ああ。なんて、醜いんだろう。

 一度も悪口言ったことがない、なんてお世辞にも言えないけどさ。でも、すごく汚い光景に見える。

 どうしてだろう。誰も、気がつかないの? ミニョロ殿下の肩はさっきからずっと震えている。呆れて伏せているみたいに錯覚してしまうけれど、その瞼はぎゅっとかたく閉じられている。白くてほっそりした手は色がつくまで握りしめられている。

 今私がするべきことはなんだろう。正しいのは、どういう行動だろう。

 ……クオン嬢に叱られちゃうかなあ。

 気づいたときにはもう、ドアを開け放っていた。乱暴だったからバアァン! と派手な音がした。自分でも「こりゃ騒音だわ」、と思ったけど、それより何より怒りが勝った。

 なんでだろう。すっごいむかつく。私だってミニョロ殿下のことはそんなに好きじゃないのに、なんか腹が立つんだ。

「あなた……?」

 訝しげな顔で私を睨んだのは、嫌味令嬢のリーダーだった。

「え?」

 ミニョロ殿下はただでさえ大きい目を限界まで見開いて、小さな口を驚いたのかぱくぱくさせている。

「いじめは見苦しいことだという自覚はあるのでしょうか」

 今やることは、ここにいる邪魔者を取っ払うこと。じゃないと、この厄介な身の上のお姫様と一対一タイマンで話せない。そのために私は王女クリスになる。王子様の婚約者の、クリスになる。

「メイディオ殿下にすすめられたからせっかく来てみたというのに、気分の悪いものを見てしまったわ」

 メイディオ殿下。そうやって名前を出すと、ほらね。態度が変わった。明らかに見下していたはずなのに、私のことを警戒している。それでいい。攻撃的な視線は痛いけど、その間はミニョロ殿下を注目する人はいなくなるし、私も相手を追い払えるチャンスが作れる。

「あなた、どこの誰なの!」

「そんなみすぼらしい服を着た人間が入っていい場所ではなくてよ!」

「そうよ、小汚い」

 な! みすぼらしいとか汚いとか好きかって言いやがって! 我が国のお金では良い生地なんですー。っていうか、自分が名乗らないで相手に名前聞くとか、本当に失礼だな。……それだけ私が庶民っぽいんだろうけど。私はあっかんべでもしてやりたかったが、必死に我慢して、精一杯笑う。

「名乗り遅れて申し訳ありませんわ。わたくしはクリス・二ア・ライティア」

 聞いて驚け、と心の中でほくそ笑んだ。お披露目だってちゃんとしたのに、私を認知していない方が悪いんだ。

「メイディオ殿下の婚約者ですわ」

「クリス?」

「ライ……ティア……?」

「まさか」

 壮観だった。びっくりするくらいはっきり、顔の色が消えたのだ。令嬢達はみるみる青ざめ、目をみはっている。その中でミニョロ殿下だけはほんのりと色づく頬と雪みたいな肌のままだから、ちょっと面白い。

「わたくしのことはまだ、あまり知られていないようですね……」

 含みを持たせた言い方に、三人の顔が引きつる。

「もう一度聞きますが、いじめは見苦しいものという自覚はありますか?」

「そ、そんなことっ__」

「メイディオ殿下は、見苦しいと判断なさるかもしれませんね」

「!」

 それからはもう、びっくりするくらい早かった。三人は私のことをたっぷりじっくり睨みつけた後、それぞれの侍女を引き連れて、庭の芝生を踏みにじらんばかりの勢いで去っていった。最後まで私への怒りがなくなっていなようだった。

 ドアを閉めたのは侍女だったので、荒々しい音はしなかった。見届けると私はミニョロ殿下に駆け寄った。

「殿下、大丈夫ですか!?」

「……?」

 私の問いかけに、ぽかんとした表情しか返せないミニョロ殿下。数秒してやっとこくり、と首を縦に動かしてからいきなり仰け反った。

「っ! な! なんで! 何故、貴女が私を助けるのです!」

 いきなり、怒られた。理不尽。

「私は貴女に恨まれるようなことはしましたが、助けてもらうことなんてしていないのです!」

「恨んで、は、いない、ですよ?」

 これは事実だ。イラッとしたし、むかついた。怒った。でも、恨むことではないし。

「そうではなく」

 また怒られた。

「どうしてあなたがあんな反感を買うような言い方をしたんですか」

「どうして、って。そりゃあ、腹が立ったからです」

 詰問するミニョロ殿下は鬼気迫るものがあった。だから私は素直に答えた。嘘をつく必要もなかったし。ちゃんと私の考えを言えば、もう少し態度も柔らかくなるかと思ったのだ。

「嫌だなあ、感じ悪いなあ、って思ったから、つい。そうしてました」

「つい?」

「はい」

 いつの間にか私、この子の前で素の口調になっているなあ、なんて考えていたら、いきなり嗚咽が聞こえたのでぎょっとした。ミニョロ殿下が子どもみたいにひっくひっくと言っていた。侍女さんがおろおろしている。こんなこと、初めてなのかも。殿下、プライド高そうだもん。

「あな、たはっ……」

 しゃくりをあげながら、涙で濡れた瞳で殿下は私を見上げた。

「優しいですね」

 ……優しくは、ないです。言おうとしたけど、ミニョロ殿下に遮られた。

「どうしてですか?」

「そうですね……」

 特に理由もなく飛び出したからはっきりしたものはないのだが。

「あ、そうそう! ミニョロ殿下とお話がしたかったんです。だから、彼女たちが邪魔でした」

「……」

「それと、ストレスが発散させたかったんです」

「……」

「あと」

 言ってもいいのかな。

 これは、同情じゃないかな。可哀想とか、どっかで思ってんのかも。雨の日に拾った猫に向けるのと同じような感情じゃないのかな。中途半端に放り投げちゃダメ、みたいな。それとも、見下せる存在がほしいのかな、自分より不幸だねって?

 まただ。

 また、こうなる。

 そうじゃないよ。

 私は自分の中の消極的なものを全部シャットアウトした。端的に言うと、やっぱり、私は考えるのをやめたということである。

 だって、考えたら考えるだけ進めなくなるから。いっそのこと、やりたいように、やりたいだけやっちゃえばいいや。

 これが私の新しい一歩になれば。

 私からだって動けるんだ、って。

 見せてやる。わからせてやる。

 ちょっとでも、お姉さまに近づけるように。クオン嬢に認めてもらえるように。王子様ともう少し釣り合いがとれるようになりたい。それと、それと__。

 ねえ。

 ミニョロ殿下。貴女には、それに付き合ってもらう。私の成長協力者第一号になってもらうからな!

「あと、できれば、ミニョロ殿下と仲良くなりたかったから、です」

 やっとひと区切り!

 次から名前しばりなくしますねいえーい!

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