18・駆けだした少女クリス
まだ私は何も知らないから。
いつにも増して悩んでいます。あと、短い。
それと、王子様はいない。登場するの二人だけ。
です。
王子様に激突したその日、私はマナーの講義中にお腹を壊して自室に籠もることになった。下痢じゃない。キリキリして気持ちも悪くて、身体の中のどこかで「不快感」みたいなものがふつふつ煮えている感じだった。戻せるものならそうしたかったけれど幸か不幸か胃に中身がなかったようで、しゃがんでこらえることしかできなかった。
そんなこんなで大騒ぎしたのはミーナだった。先生は慌てず騒がず宮廷医師を呼んだのだが、それより早く到着したのが優秀な私の侍女で、珍しく狼狽えていた。それでもって慣れない環境で疲れたのだろうと診断された私を部屋に担ぎ込むと、ベッドに押し込んで寝るまで傍にいると言い張った。
別に、何か悪い物を食べたわけでも、講義が嫌だったわけでも、すごく疲れていたわけでもない。でも、もしかしたら、大国の世継ぎの婚約者という立場がじわりじわりとしみ出すように圧をかけてきたのかもしれない。
あるいは、自己嫌悪? 見て見ぬ振りをしたから。
……そんなに純粋な自分であったようにも思えないから他に原因があるのかな、なんて推測してみたりもするが、考えるほどに気分は悪くなるので私は寝た。
具合を悪くした翌日の目覚めというのは、なんだか変なものだった。それは今も昔も変わらないんだなあ。
なんか、世界がちょっぴり明るいのだ。希望の光じゃなくて、ずっと寝ていたから周囲が明るく見えるだけどろうけど。あと、寝過ぎで頭がぼんやりする。
「クリス様。おはようございます」
何をするでもなく、上半身だけ起こして遠くを見ているとミーナが声をかけてきた。
「うん、おはよう」
返事をすると、ミーナは少し微笑んだ。昨日は呻いてばかりだったので安心したのだろう。
その後私は手渡された温度計で熱をはかった。ちなみに、この世界の温度計は水銀のやつだ。なこだった頃のように、十秒で簡単に測定、とはいかない。風邪じゃないのはわかっていたから正直面倒だった。でも、これ以上ミーナに心配をかけるわけにはいかない。
結局、平熱だったんだけど。
朝ご飯は食べなかった。「吐き気もないし大丈夫」と伝えたところ、ではしっかり栄養を、と言われたのだが、口にする気分になれなかったので水だけ飲んだ。お腹がたぷんたぷんになった。
水を飲んでいる間、今日どうするかを決めた。ミーナが大事を取って講義をキャンセルしてくれたから、自由なのだ。室内での活動しか許してくれないだろうけど。
「クリス様! クリス様っ!」
ミーナの呼び声がする。きっと私を捜しているのだろう。
「悪いな、ミーナ……」
ふっ、とニヒル(?)に呟くと、私はベッドの下から顔を出し、ミーナがいないことを確認した。きっとどこかに脱走したと思ったに違いない。きっと、彼女は図書室に行くだろう。クオン嬢が私を匿っていると思ったに違いない。
昨日の変装セットは洗濯に出されてしまったので、数少ない衣装の中からお姉さまがつくってくれたワンピースを着て、髪型も少し変えた。昨日はお下げだったけど、今日はお団子で。髪の毛が顔や背中にかからないからさっぱりしていた。
部屋の外も、昨日よりは明るかった。綺麗な細工の枠付の窓から零れて廊下を照らすのは、眩しすぎてちょっとしんどい日の光。その中を駆けだした。目指すは庭だ。
行かなければいけないと思う。
今度は絶対に逃げないなんて言えないし、そんなことできないけど、ここで逃げたら私は負けてしまう。ふるい落とされてしまう。何に? 意地に? クオン嬢に? お姫様に? 王子様に? ……もしかしたら、自分の中の理想にかもしれない。
わからないけど、今は目を背けていい時期じゃない。私はお姫様と、ミニョロ殿下と、もう一度話す必要がある。
嫌だけど。
私って器小さいんだよなーとか、あのお姫様こんにゃろうとか、あのいじめっこ令嬢が来るのかなとか、クオン嬢は馬鹿だって私に愛想尽かすかなとか(あの人が私に愛想を持っているのかどうかはよくわからないけど)、気になることがあるから、嫌だけど。またお腹が痛くなるかもしれないけど。キレて今度はテーブルをひっくり返すなんて場合もあるかもだけど。
でも、私は知らないといけない。理由は特にない。そうしなきゃいけない気がする。あれだよ、あれ。メロスみたいな感じ。よくわからない何かに従っているような。私は正義や愛なんてたいそうなものは抱えてないけどね。
ミニョロ殿下に会ったら、聞こう。どうして私が羨ましいのか、とか。あと、王子様はどんな人なのかも、知りたい。
私はまだ何もわかっていないから。
今日か明日にでも次話が投稿できるようにします。




