05 烏丸
「美味いです、この肉じゃがとかコロッケとか、どれもすごく」
「あら嬉しい。どんどん食べてね?」
毎週水曜日の『フードメニュー2割引デー』を目当てにしてか、この日はカウンター席に田貫と並んで馬渕の姿もスナックFOXにあった。
「ジェニーさんの料理はどれも美味いよね。とりあえずこっちも何か食べようかなぁ。ミマちゃんも食べるかい?」
「え、良いんデすか?」
「うんうん。ミマちゃんもちゃんと食べないとね。ジェニーさんのフードは安くて美味いから。ほら、好きなの頼んで」
田貫はデレデレとだらしない顔でミマにフードメニューを差し出した。
代わりに答えたのは隣に座る馬渕だった。
「本当にそうだと思います。こんなフードメニューが安く食べられるなんて……ジェニーさんの里芋のそぼろあんかけとか、このササミのフライも美味いです。これでほんとに一皿200円で良いんですか?」
「良いの良いの。ほら、馬渕さんはまだ21歳だったかしら、お若いんだからしっかり食べて。娘と寅ちゃんの分は別にわけてあるから。ツルさんもどう?」
「そうだねぇ、じゃあ何かさっぱりしたのをもらおうかな。蒸し鶏のネギ塩ソースを1皿、いやチーママの分もだから2皿か」
「やったぁ! ありがとツルさん、だぁい好き!」
まるで孫娘にご飯を食べさせる祖父のような嬉しそうな笑みを浮かべているのは、田貫と同じく常連客の鶴岡だ。
「マブちゃんも、メシ食えるようになって良かったよぉ。ほら、親父さん亡くなってしばらく大変だったしさ。社長も心配してたからね。あ、もちろん私もね?」
「すみませんタヌさん、心配かけちゃって」
「いやいや、とりあえずさ、人間食って寝ることができりゃまだ何とかなるよ.ご飯が美味しく感じられるようになったならそれが一番だよね」
「はい。どれも美味いです。梅酒も美味いし」
スナックFOXでは『いつもどおり』といえるのんびりとした穏やかな空気。
その空気に割り込むように、ドアを開けて入ってきたのは毎回ジェニーに飲まされている刑事の戌井だった。
「あら、お帰りなさい戌井さん」
「あぁ」
短く答えた戌井は、馬渕のすぐとなり、カウンターの一番奥に腰掛けた。
「今日は随分遅い時間なのね。やっぱり例の奴らの件で忙しいの?」
「まぁそうだな。鳩ヶ谷妙見の行方はあいかわらずわからねぇし、教団副代表の鵜殿ってやつは連絡がなかなか取れねぇし……まぁ、教団側の窓口っていうやつにはアクセスできたんだけど、コイツがまたどうに……」
「胡散臭いんですかね、その窓口のひと」
田貫が少し怯えたような顔で尋ねてくる。
田貫にとって戌井は今でも怖い存在だ。
数ヶ月前、田貫は警察署の取調室で戌井の容赦ない事情聴取を受けたことがある。
大声を出されたり威圧されたりすると硬直する、という変わった癖のある田貫は、しばらくの間戌井の姿を見るだけで固まってしまうほど恐ろしい目に遭っている。
「胡散臭いというよりは……烏丸って名前の女なんだが、コイツが『24時間365日受付』ってのを謳ってやがる」
「……ワンちゃん、それは烏丸さんって女の子が複数いるとかじゃないのかい?」
「いや、どうっすかね……普通に考えれば、受付の者が全員同じ『受付の烏丸』を名乗ってる、いわばグループネームみたいなものじゃないのかねぇ?」
「ためしに一昨日、朝と昼と夜と、それに夜中の2時に電話してみたら同じ声だったんですよ」
「そ、それはあの、アレじゃないですかね? ボイスチェンジャーというか、やり取りの履歴をデータベースで保存してるとかで、それ見ながらボイスチェンジャーで同じ声になるようにしてるとか」
「なるほどなぁ……それなら辻褄が合うか……あぁママ、梅酒のソーダ割りと、あと今日確かフード2割引だったっけな。コロッケ3つと、それからササミの大葉揚げと、それと焼きうどん」
「あら、随分食べるわね? お酒はフードと一緒にする? それとも先に飲む?」
「先に飲むよ。ちょっと炭酸多めで」
「はいはい。待っててね。じゃあジェニーちゃん、コロッケ3にササミ揚げと焼きうどん追加ね。寅ちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」
カウンターの隠れた場所にあるキッチンから無骨な手がにゅっと伸びて、親指を立てて見せる。
相変わらず寅之介は喋らない。
「あの、戌井さん。警察ってアレ使わないんですか? 逆探知っていうやつ」
「あぁ……そうか、そうだよな。陽平くんも警察の事情とかはあんまりわからないよね」
戌井のすぐとなりに座る馬渕は、戌井を7年前から知っている。
馬渕の父が失踪した事件で、捜索に加わった警察官の一人が、当時生活安全課に所属していた戌井である。
まだ中学生だった馬渕を、戌井は何度も励まし続けていた。そのこともあって、馬渕がたまさかテレビ番組で父の姿を見かけた際、真っ先に相談を持ちかけたのが戌井だった。
「どうやら歓喜観音会の窓口はインターネットだけみたいなんだ。逆探知と言うか、情報開示請求を出してウェブサイトの契約者住所を探ってみたが、やっぱり奥多摩のあのバアさんの家だった。田貫さんの、あの、なんて言ったっけ? アライグマだったか?」
「穴熊さん?」
「そうそう、そいつだ」
穴熊は、田貫に野菜泥棒の罪をなすりつけようと稚拙な『犯罪のデッチ上げ』をした男で、半グレ集団『ジャッカル』の末端員であり、かつ歓喜観音会の信者でもあった。
様々な犯罪に手を染めていたために警察署に勾留されていたものの、留置所で自死してしまっている。
「そいつが盗みに入った奥多摩の家があったろ。あそこが全ての拠点として登録されてた。歓喜観音会本部の登記上の住所もあそこだし、Webサーバーだの何だのと言ったものの契約住所も全部そこだ」
「え、それって詐欺なんじゃないですか?」
「詐欺とも言えない。なかなか難しいところだけどな。まぁサービス約款に違反するかどうかは個別の判断ってところだが……ったく、最近のサイバー犯罪? ってやつか? 俺はああいうのは苦手なんだよな」
戌井は目の前に差し出された梅酒のソーダ割りを半分ほど一気に飲むと、大きくため息をついた。
「捜査は振り出しっていうか……まぁ振り出しだな。どうしたもんだか」
「ほらほら、お巡りさんがボヤかないの。とりあえず、ヤなこと忘れてから明日も頑張りましょ? 私も一杯頂いていいかしら?」
戌井の正面にジェニーが立っている。
この日も、いつも通り戌井はカウンターに突っ伏して眠るまで、ジェニーに飲まされることとなる。




