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41 いつものお店

 からん、とドアに取り付けられた鈴が軽い音を立てた。


「あら、お帰りなさい。3人揃って」

「こんばんはママ、入れるかな」

「どうぞ、今日はタヌさん来ないから、カウンター入れるわよ」


 大柄な3人、熊川、戌井、大神は並んでカウンター席へと腰を下ろす。


「田貫さんが来られないというのは、今日はなにかご用事なんですか」

「いえいえ、あの人ミマちゃん目当てだから。ミマちゃんがシフト入ってない日は来ないで、お金節約してるのよ」

「あぁ、なるほど」


 なぜか熊川の代わりに、大神が納得したような声をあげる。


「やぁやぁクマさん、ワンちゃんもお疲れ様だねぇ。お仕事終わりかな」

「あぁツルさん、どうも」


 いつもの席で、いつも通りチーママの伊立と一緒に白ワインを楽しんでいる鶴岡が、ひょい、とワイングラスを掲げる。

 穏やかな笑みを浮かべた好々爺、という印象からは、彼がかつて日本の東側の裏社会をまとめていた超大物であることなど想像も出来ない。


「この時間にお店に帰ってこれたってことは、ちょっと暇になった感じかな?」

「まぁ、そうですね。歓喜観音会の案件も、もう我々の手を離れましたので。本庁の方で色々と対応を進めることになりました。我々はお役御免、といったところですね」

「世知辛いよねぇ、警察も。ま、お巡りさんと消防がヒマなのは良いことだよ。ねぇ? ワンちゃん」


 苦笑を浮かべる戌井は、ママの作るハイボールのグラスを手にしながら、愛想笑いと会釈だけを返した。


「ホントそれっすよ。私らが給料泥棒って言われるくらいヒマに、平和になってくれりゃ良いんすけどね。あ、ママ、私芋のロック」

「はいはい。大神さん、ホントお酒強いわねぇ」

「いやぁ、それほどでも無いっすよ。ジェニーさんのほうが多分強いっす。あとコロッケと、唐揚げと——え、何すかこのメンチカツって! こないだまで無かったメニューじゃないっすか?」

「あら鋭い。それ、うちの寅ちゃんが新しく作ったの。クマさんも戌井さんもどうかしら? メンチカツ、ハイボールに合うわよ?」

「じゃあそれも! そしたら一杯目の芋ロックは一旦キャンセルで、とりあえずハイボールで」


 大神はスナックFOXには珍しく、女性の常連客になっていた。

 毎回酒を浴びるように飲み、フードメニューも『残ってるのあったら貰うっすよ』とばかりに食べ尽くしていくので、店としてはありがたい限りだ。


「ところでクマさん、ちょっと噂で聞いたんだけどねぇ。例のほら、大学で資材を横流ししてた先生、いたじゃない。鷲崎先生だったっけ。彼がどうも中国系のグループで麻薬作り始めた、っていう情報があるんだよね」

「……ツルさん、ちょっとそちらのテーブル席に行ってもいいですか」

「もちろん。ほらほらどうぞ。ちょっとね、昔の伝手で聞いたんだけど、どうもあの先生、歓喜観音会もクビになったみたいでねぇ?」

「宗教団体をクビって、何やったんだあのジジイ……」


 店の奥から油で揚げ物を作る、胃袋を刺激する音が聞こえるなか、戌井がちびちびとハイボールを飲みながら呟くと、木常ママが手際よくおしぼりと箸をカウンター席に並べ始めた。


「さっきもね、ツルさんとその話ししてたのよ。何だったっけツルさん? 黄家会? とかなんとかいうのに薬物横流ししてたんでしょ? 鷲崎センセイって」

「そうそう。それがねぇ、どうも教祖とか教導師とかの指導部の逆鱗に触れた、とか言う話でね。だからほら、クマさんたちがガサ入れに行ったとき、いなかったんでしょ? 鷲崎先生」

「確かに……本庁でも色々調べを進めて入るんですが、鷲崎准教授が歓喜観音会と関わった、という履歴そのものが見当たらないようですね」

「情報消されたねぇ、それは。何しろ観音会には、神様やってたAIがいるくらいだからねぇ。インターネットを使えば、今日びどこにだって入り込めちゃうらしいじゃない。警察もよほど気をつけてないと、逆に呑まれちゃうんじゃないかなぁ」

「そうですね……警視総監からも『本件については本庁において、総監直轄で捜査を進める。所轄の業務に戻れ』とだけ来ていまして、もう新しい情報は何も入っていませんね。ただ、本庁の方から司法取引を持ちかけているとか、そういう噂もあります」


 ちっ、と忌々しそうに舌打ちをしたのは戌井である。


「ったく、何が司法取引だよ……そんなもん使わずに、さっさとブチ込んじまえば良かったんだ」

「戌井くん、我々警察は法に基づいて動く機関です。司法取引が認められている以上、我々には止める権利はありませんよ」

「分かってますよ……納得いかねぇけど、理解するしかないですよね……」

「何よワンちゃん、真面目かぁ?」

「真面目だよ。警察官が不真面目でどうすんだよ」

「は? 肩の力抜けって言ってんの。察しなさいよ」

「あ? お前の言い方が気に入らねぇんだよ」

「お? やんの? やんのかチビ?」

「ンだと手前ぇ、表出るかデカ女が」

 

 すかさず茶々をいれてきた大神に、戌井がまるで噛みつきそうな顔で睨みつける。

 大柄で強面な2人が睨み合う間に、まったく怯む様子もなく揚げ物がもられた皿を無言で差し出したのは寅之介だった。

 じっ、と戌井と大神2人を見ながら『イチャつくなら店の外でやってくれ』とでも言いたげな表情を向ける。


 テーブル席からは、ひときわ明るいチーママのソプラノの声。

 賑やかな話し声と、穏やかな会話が同居する、小さな場末のスナックの光景。

 スナックFOXは、今日も平常運転だった。

 

「ほらほら、お店の中では適度に仲良く。ね? じゃあ揚げ物も揃ったことだし乾杯しましょっか。チーママ、ツルさんにワイン注いであげて。ジェニーちゃんも寅ちゃんも出てらっしゃいな。じゃあグラス持った? はいじゃあ乾杯」

「かんぱーい♪、ようこそスナックFOXへ、お帰りなさーい」


 賑やかな夜は、今日も更けていく。

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