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42 エピローグ 奇妙なめぐり合わせ

「ねぇお母さん! ママも聞いて! あのね、今日駅にヤバい人いたの!」


 開店準備中のスナックFOXで、学生鞄を置くなり間髪をいれず口を開いた真理亜は、妙に興奮した様子でカウンターに身を乗り出してきた。


「あのね真理亜、今お母さんたちお仕事中なの。見て分かる?」

「うん知ってる。でね? でね? 今日帰りの電車降りたらさ、なんか駅のホームに人だかりが出来てて——」


 呆れ返った母の顔を真正面から見ながらも、構わず喋り続ける真理亜に母親のジャネットも木常ママもため息を漏らす。


「ちょーイケオジなの! 芸能人? って思ったんだけどさ、テレビとかで見たこと無くって、同じ高校のインテリアデザインの子なんかもう自分から逆ナンしに行っててね、それで声もちょっと聞いたんだけどヤバいの! イケボってこういうことなんだって思うくらい凄く渋い声で! ちょっと遠くから撮ったんだけどね? ほら見てこれ!」


 フードメニューの仕込みを続けるジャネットの目の前に『ずい』とスマホを突き出す。


「あんたもねぇ……もうちょいお淑やかに、大人しく出来ればモテると思うんだけど……って誰これ? 確かに凄いイケオジじゃない」

「でしょ? でしょー? ねぇほら、ママも見てよぉ」

「はいはい真理亜、ちょっとお口チャック。それにこの写真、盗撮じゃないの。ダメよ、プライバシーの侵害。消しなさい」

「えーヤだぁ、あんなイケオジめったにいないのにぃ」

「もしどこかのオジサンが『めったにいない美少女がいた』って言って真理亜を盗撮して、会社なんかでその写真見せびらかしてたらどう思う?」

「ヤだ。絶対ヤだ」

「そうでしょ。そういうこと。はい消しなさい」

「…………はぁい」


 木常ママに窘められて、まるで子どものようにふてくされながら、スマホを軽やかに操作して写真データを削除する。


「まったく、あんたホントにもうちょっと落ち着いたらどうなの。4月からもう2年生なのよ?」

「まだ2年生だもん。あ、2年って言ったらね、同じ情報システム科のセンパイなんだけどね? ネットですんごいAI見つけたって言ってたの。純国産らしいんだけどね? 今までAIってアメリカと中国の二強だったのが、性能テストでいきなり2位になったんだって! 2位だよ2位! 凄くない? それにね、AIを使ったお悩み相談みたいなのもあって、2年のセンパイが『マジ神』って言ってたの。やっぱさぁ、今からの時代AIだよねぇ」

「……真理亜、お願い。1分で良いから黙って……」


 まるでマシンガンのように言葉を連射する真理亜の目の前で、ジャネットは眉間にシワを寄せながらもコロッケを仕込む手を止めない。

 

「ねーママ、お母さんが冷たぁい」

「真理亜、あんた今年から『お淑やかにする』練習しなさい。今の状態だと彼氏出来ないわよ」

「え、何で何で? っていうか彼氏ってどうやって作るの? ねーママ知りたい! ママも彼氏の10人や20人いた事あるんでしょ? ねぇ教えて?」

「教えてあげるから、とりあえず1分黙んなさい」

「はぁい」


 真理亜は不満そうに答えて、スマホでタイマーを起動する。

 きっちり1分黙った後に喋り始めた真理亜の背後に、いつの間にか寅之介が回り込んで軽く頭を叩く。

 べし、と実にいい音を立てて、真理亜の長い髪が大きく揺れた。


「いったぁい!」

「ナイスよ寅ちゃん。今の良かった。ホントにきっちり1分で喋りだすとは思わなかったわ」

「ちょ、トラ兄ちゃん何すんのよぉ」


 寅之介は思い切り眉間にシワを寄せて顔を真理亜に近づけ『うるせぇよ、ちょっとは黙ってろ』と言わんばかりに真理亜にガンを飛ばす。

 が、真理亜はその程度では怯まない。顔を至近距離に近づけてきた寅之介に、なんと目を閉じて唇を突き出してきた。

 流石に予想外のリアクションだったのか、寅之介も一瞬だけひるんだが、容赦ないデコピンで返事をするとキッチン奥へと引っ込んでいった。


「……ねーお母さん、トラ兄ちゃんにフラれたぁ。女子高生がキス待ちしてたのに」

「ほら、だから黙ってなさいって言ったでしょ。あんた喋りすぎなの。さっさと上行って着替えて、あとご飯炊いて」

「はぁい」


 不満げに真理亜が店の前に出ると、路地でキョロキョロとメモを持ったまま、いかにも『道に迷いました』と言わんばかりの髪の長い女が立ち尽くしていた。


「……あのぉ、大丈夫ですか?」

「うひぃっ? ……え、あ、す、すみません、すみません!」

「いや、あの……ひょっとして迷いました? この辺道入り組んでますよね。どこに行くんです? よかったら案内しましょうか?」

「えっ、あ、いや、その、あ、あっ……あの……え、ええええ駅はその、どっちですか……?」

「駅ですね? 良いですよ、ご案内します。ちょっと待ってくださいね?」


 真理亜はスナックFOXのドアを開き、ぽい、と学生鞄を放り出す。


「ちょっと真理亜! お行儀悪い!」

「お母さーん、ちょっと駅行ってくるー」


 店の中からは『今から?』『ちょっと何しに行くの』『すぐ帰ってらっしゃい』と、我が子を送り出す母の声が聞こえるが、真理亜は耳をかそうともせずに髪の長い女へと歩み寄った。


「じゃ行きましょっか。こっちです」

「あ、あの、すみません、ホントあの、ごめんなさい、私その……この辺に引っ越してきたばっかりで、あの、すみません……」

「いえいえぇ、良いんですよ。この辺ホント道が入り組んでてわかりにくいんですよねぇ。あ、あの私そこのお店、スナックFOXの上に住んでるんです。貂って言います。変わった名字ですよね? 私、お父さんが中国系でお母さんがフィリピン、んで日本生まれの日本人なんですよぉ。お母さんがそこのお店で働いてて、夜は17時から営業してますんで、お姉さんもお住まいお近くだったら是非! 毎週水曜日はフードメニューも2割引きですから!」


 真理亜は初対面にも関わらず、髪のやたら長い地味なジャージ姿の女に一方的に喋り続ける。


「駅までは近道もあるんですけど、ちょっとわかりにくいんで大きな通りで行きますね。あ、そうそう、そこの饅頭屋さん美味しいんですよ! それとぉ、そこ路地に入ったところにからあげ屋さんがあって、そこもオススメです。あ、こっちのアーケード入りますね? で入ってすぐのそこのラーメン屋さん、九州の豚骨ラーメンですっごい美味しいです! 私替え玉3回しちゃった事があって——」


 真理亜のマシンガントークは、徒歩20分の場所にある駅にたどり着くまで、延々と続いたという。

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