34 罪の報いは
開店準備中のスナックFOXのカウンターには、白美真と真理亜の若手2人が腰掛け、カウンターテーブルをチーママの伊立が丁寧に拭き上げていた。
ジャネットと寅之介は店の奥のキッチンで、水曜日恒例のフード2割引の準備としてコロッケや唐揚げの下準備を進めている。
「御覧の通り、忙しいのよね。あんまり開店前に来られても正直言って迷惑なんだけど」
「いや、申し訳ない……ただその、ママには話をしておいた方が良いと思いまして」
申し訳なさそうな顔で、店の奥のテーブル席で巨漢の熊川と向かい合って座っているのは木常ママと、東日本の裏社会に君臨していた男、鶴岡である。
「ツルさんも、急にお呼び立てしてしまって」
「いやいや、クマさんの頼みとあっちゃ断れないよねぇ。それで、僕に話をするっていうことは、なにか表沙汰に出来ない感じの話なんじゃないのかな? 良いの? ミマちゃんも真理亜ちゃんも寅ちゃんもいるけど」
「良いわよツルさん。どうせ私が喋っちゃうもの。で? 一応聞くけど、未成年に聞かせても大丈夫なアレかしら」
「まぁ、捜査情報なので未成年かどうかに関わらず、本来は話さないほうが良い内容ですが……まぁ、この店の皆さんにはご協力を頂いていますし、それに寅之介くんにも、真理亜ちゃんにも関係が全く無いわけではありませんから。例の真理亜ちゃんの学校での薬物騒動も関わってます」
思わず真理亜が身を乗り出そうとしたが、カウンター奥にいたチーママ伊立が大柄な真理亜を止めた。
動きに気付いた熊川が伊立に小さく会釈をしてから、鶴岡と木常ママに向きなおり、ゆっくりと話を始めた。
歓喜観音会の教祖鳩ヶ谷妙見は『AIが台本を作って、演技の天才とも言える鵜殿宏子が演じたキャラクター』であること。
受付の烏丸だけではなく、歓喜観音会の神そのものがAIであったこと。
現在出回っているアムリタの開発者が、美真の通う大学のかつての准教授、鷲崎であるということ。
教団では、独自にまったく新たな『妙薬』として、『甘露』と名付けたものの開発を終え、製造に取り掛かっていること。
そして、教祖鳩ヶ谷妙見を演じていた鵜殿宏子が、警察に自首をしてきたということ。
「え? じゃ何? えっと……例のガンギマリ会の事件ってぇ、一件落着って感じ?」
「いえ、まだそこまでは。現状、鵜殿宏子氏は手配もされていませんでしたし、現状は自首というよりは、情報提供者として警察で保護している状態ですね。教導師の鵜殿宏和氏に事情を聞いて、教団の設備での麻薬密造が確認されたら、麻薬及び向精神薬取締法違反、大麻取締法違反の罪で起訴することになると思います」
「あら、それだけなの? もっとこう、なんていうの? 詐欺とか? そういう誘拐みたいなのって無いのかしら?」
「そこは事実上難しいでしょう……失踪届が出ていた方の内、成人しているかたは自発的失踪というか、自分から教団の施設に赴いています。それに未成年も、虐待や劣悪な家庭環境もあって、事実上の駆け込み寺のような形で保護していた、というのが実情であるようです。拉致や誘拐の罪に問うのは極めて難しいですね。明確に違法な行為が、麻薬密造と大麻の栽培、保管といったところです」
「あ、あのぉ……すみません、刑事さん、私からも質問しちゃってもいい感じです?」
申し訳なさそうに真理亜が手を挙げるのを認めて、熊川はゆっくりと頷いた。
「あのほら、私の学校で事件、あったじゃないですか。あのときって確か機械科の2年生が変なクスリやって、それで騒ぎになったと思うんですけど……ああいうのもガンギマリ会——」
「真理亜、言葉はちゃんと使いなさい。歓喜観音会」
伊立直伝の言葉遣いに、すかさずキッチン奥から母ジャネットのツッコミが入る。
「そのガンギ観音会は、犯罪になったりしないんですか?」
「ふむ——そうですね、そこは今のところ鵜殿宏子氏の話した情報しか無いんですが、歓喜観音会の関与を立証するのは至難の業ですね」
「え、何で? だって、ほら、あのピンクのクスリだってガンギマリ——じゃなかった、ガンギ観音会のクスリだったんじゃないですか?」
「そうですね、そこは関係性が複雑なんですが……」
真理亜が駅でカバンにねじ込まれ、そして常連客の田貫もジャケットのポケットに入れられた『ピンクの錠剤』、MDMAは、八王子南部を勢力圏とする鮫原組の下部組織、半グレ集団の『ジャッカル』が勝手に製造したものの内、余剰分を町中で配っていたものだ。
配る目的は単純明快、薬物に依存させて、高値で売りつけるという典型的なものだ。
加えて、宏子自身の供述で、歓喜観音会がMDMA製造の外注をしていたという内容は話していたものの、すでにそのことを示す証拠は完全に消されてしまっている。
真理亜の高校で暴れた2年生が使用していた薬物は、東京都で活動している中華系ヤクザの『萬坊会』が関与しているものだった。
この件についても、ジャッカルよりも高値になるが高品質となる薬剤の密造が可能であった、萬坊会への外注の事実を宏子が話したものの、やはり証拠は消されている。おまけに萬坊会自体、すでに日本から姿を消してしまっている状況で、事実上追求が不可能な状態だ。
「日本の警察も、今は自供主義から証拠主義になっています。自供があったとしても、その自供を裏付ける証拠がなければ立件は難しいでしょう」
「そっか……えと、じゃああの、刑事さん? とりあえず学校とか駅とかで変なクスリがバラ撒かれたりするようなことは?」
「完全に無いとは言えませんが、半グレやチャイニーズマフィアが絡むような、組織だった動きは無いと見ていいでしょう。コレについてはツルさんのご尽力あってのことです。総監からもくれぐれもお礼を、と言伝を」
「うんうん、薬物がないってのは大事なことだからね。麻薬はダメだよ、麻薬は。ね? クマさん?」
「はい」
にこやかな鶴岡は、この日はまだ酒を飲んでいない。
熊川の報告はさらに続いた。
「近々、歓喜観音会の拠点と思しき場所には、一斉に捜索が入る予定です。その拠点についても歓喜観音会内部からリークがあったんですが……この情報を流したのも、鵜殿宏子氏でした」
「ねぇクマさん? ちょっとイマイチわかんないんだけど……その宏子さんって、教団トップのお姉さんなんでしょ? 何でそんなわざわざ、教団潰すようなマネするの?」
木常ママがそう訪ねて腕を組むと、まるで真似をするように美真とチーママ伊立、さらに真理亜も腕を組んだ。
「宏子氏が言うには、『弟を止めて、救って欲しい』、だそうです」
「はぁ? 何それ? 意味わかんない」
「私も、あんマりわからないデす……」
「なるほどぉ、そっか、そゆことか」
真理亜と美真の2人が首をかしげるなか、真っ先に納得したような顔で繰り返し頷いたのは、チーママ伊立であった。




