第25話 凪の前
季節は終わりに近づいています。
葉は落ち、光は短くなり、それでも図書室には変わらずページをめくる音がありました。
「来ればいい」という言葉は、いつの間にか三人の居場所そのものになっています。
十一月の終わりが近づいていた。
松林の葉は、ほとんど落ちていた。
残った葉が数枚、枝の先に張り付いていた。
地面に積もった葉が、風のたびに少し動いた。
動いてから、また止まった。
志乃は百三十ページにいた。
陽葵が来た。
止まらずに入ってきた。
一冊の本を持っていた。
志乃のテーブルに来た。
椅子を引いた。
座る前に、窓の外を一度だけ見た。
松林を見た。
残った葉を見た。
それから志乃の方を向いた。
「来たね」と志乃は言った。
「来ました」と陽葵は言った。
座った。本を開いた。
漣が来た。
引き戸が枠の端まで開ききった。
足音が入ってきた。
今日は志乃のテーブルの隣には来なかった。
一つ間を空けたテーブルへ向かった。
椅子を引いて、座った。
「よ!」と漣は言った。
「来たね」と志乃は言った。
「また俺だけ来たって言われる」と漣は言った。
「陽葵にも言った」と志乃は言った。
「同じこと言うんだ」と陽葵は言った。
「事実だから」と志乃は言った。
漣がシャープペンシルを出した。
テーブルを一回叩いた。
ノートを開いた。
三人は、それぞれのことをした。
ページをめくる音が一種類。
シャープペンシルの音が一種類。
それだけが図書室にあった。
志乃は読んだ。
百三十ページを読み終えた。
百三十一ページをめくった。
廊下から声が来た。
複数の声が通り過ぎた。
ドアは開かなかった。
陽葵が顔を上げた。
廊下の方向を一秒、ちらりと見た。
それから本に戻った。
志乃は読んでいた。
漣がシャープペンシルを止めた。
「なあ」と漣は言った。
「なに」と志乃は言った。
「この本、あと何ページ?」
志乃はページを確認した。
「あと十二ページかな」と志乃は言った。
「四周目の終わりか」と漣は言った。
「そう」
「終わったら」と漣は言った。「五周目読むの?」
「最後まで読んでみないとわからない」と志乃は言った。
「それ、陽葵にも言ってたじゃん」と漣は言った。
「同じ問いには同じ答え」と志乃は言った。
陽葵がページをめくった。速いリズムだった。
「志乃って」と陽葵は言った。「ずっとここにいるんですか。来年も、再来年も」
「来る日は来る」と志乃は言った。
「それって」と漣は言った。「最初から同じ答えだよな」
「最初から事実」と志乃は言った。
漣は何も言わなかった。
陽葵も何も言わなかった。
三人は、それぞれのことをした。
日が傾いた。
光の角度が変わった。
書棚に橙の光が被る。
今日は上の五分の一だけが光った。
残りは影だった。
影の中に、三人の輪郭があった。
志乃は百三十二ページをめくった。
「ねえ」と陽葵は言った。
「なに」
「ここ、好きです」
「好きな時に、来ればいい」と志乃は言った。
「そうだね。また来ますね」と陽葵は言った。
「俺も」と漣は言った。「来る」
「来ればいい」と志乃は言った。
それだけだった。
それだけで、よかった。
ページをめくる音がした。
シャープペンシルが走った。
志乃は百三十三ページを読んだ。
右手の指が、ページを押さえていた。
紙の繊維が逃げる程度の力だった。
白くなかった。強くもなかった。
ただ、そこにあった。
窓の外の松林が、静止していた。
残った葉が、最後の光の中で、ただそこにあった。
志乃は最後まで、大きな言葉を使いません。
けれど同じ答えを繰り返し続けることは、変わらない優しさでもあるのだと思います。
終わりかけの十一月、静かな図書室の中で、三人はようやく「そこにいること」を自然に共有できるようになりました。




