第23話 混ざらない距離
季節が進むにつれて、図書室の景色も少しずつ変わっていきます。
けれど「来ればいい」という言葉だけは、変わらず同じ場所に置かれ続けていました。
三人はまだ名前を決めきれない関係のまま、同じ時間を過ごしています。
十一月の後半になった。
松林の葉が、半分ほど落ちていた。
残った葉は茶色と黄みが混ざっていた。
落ちた葉は地面に積もっていた。
風が来ると、積もった葉が少し動いた。
志乃は百二十ページにいた。
陽葵が来た。
止まらずに入ってきた。
椅子を引いた。
本を一冊だけ置いた。
二冊ではなかった。
志乃は気づいた。
気づいてから、読んだ。
陽葵は一冊を開いた。
速いリズムで読んだ。
漣が来た。一つ奥のテーブルへ。
シャープペンシルを出した。
ノートを開いた。
「よ!」と漣は言った。
誰も答えなかった。
それでよかった。
三人はそれぞれのことをした。
ページをめくる音が一種類。シャープペンシルの音が一種類。
志乃は百二十ページを読んだ。
しばらくして、陽葵が本を閉じた。
栞を挟んだ。
テーブルの上に置いた。
何もしなかった。
窓の外を見た。
葉が一枚、落ちた。
ゆっくりと落ちた。
「志乃」と陽葵は言った。
「なに?」
「何ページ?」
「百二十一」と志乃は言った。
「四周目の、百二十一」
「そうよ」
陽葵は、ふと窓の外に目を向け、志乃に尋ねた。
「最後まで読んだら、五周目を読むの?」
「読むかもしれない」と志乃は言った。「読まないかもしれない」
「どっちかわからないんですか」
「最後まで読んでみないとわからない」
陽葵が、また葉の落ちる方向を見た。
今度は葉がなかった。
風もなかった。
松林が静止していた。
「私ね」と陽葵は言った。「来年も来ると思う、ここに」
「来ればいい」と志乃は言った。
「来年も言うんですね、それ」と陽葵は言った。声に笑いがあった。
「来年も事実だ」と志乃は言った。
漣がシャープペンシルを止めた。
「俺も」と漣は言った。「来年来たら、また同じこと言う?」
「来れば来ればいいと言う」と志乃は言った。
「それって」と漣は言った。「俺たちがここに来る限り、ずっとそう言うってこと?」
「そうよ」と志乃は言った。
漣は少しの間、黙った。
「……なんか」と漣は言った。「それって、すごくないか」
「どういう意味で」
「うまく言えない」と漣は言った。
陽葵が笑った。声が出た。
志乃は読んだ。
百二十一ページの文字が、
一行ずつ視野を通り抜けた。意味になった。積み重なった。
「志乃って」と陽葵は言った。「私のこと、友達だと思ってる?」
志乃はページを読んだ。
「友達とはどういうこと?」と志乃は言った。
「……一緒にいる人、とか」
「一緒にはいない」と志乃は言った。「同じ場所にいる」
陽葵は少しの間、黙った。
「それって」と陽葵は言った。「前も聞いたことある気がする」
「漣に言った」と志乃は言った。「第一章で」
「第一章って何ですか」と陽葵は言った。
「始まりの頃だ」と志乃は言った。
「始まりか」と漣は言った。窓の外を見ていた。「そういう感じするな、確かに」
陽葵がまた窓の外を見た。三人が、しばらく松林を見た。
葉が、また一枚、落ちた。
「……同じ場所にいる、でいいです」と陽葵は言った。「それで十分だと思う」
「十分かどうかは」と志乃は言った。「陽葵が決めること」
「じゃあ十分です」と陽葵は言った。
「なら、それでいいと思う」と志乃は言った。
漣がシャープペンシルでテーブルを叩いた。
一回だった。
それからノートを書いた。
三人はまた、それぞれのことをした。
日が傾いた。
書棚のに橙の光が届く。
上の四分の一だけが光った。残りは影だった。
志乃は百二十二ページをめくった。
右手の指が、ページを押さえた。
紙の繊維が逃げる程度の力だった。
白くなかった。強くもなかった。
ただ、そこにあった。
窓の外で、風が来た。
積もった葉が動いた。
散った。
また静止した。
友達かどうか。
その問いに、志乃は最後まで曖昧なまま答えます。
けれど「同じ場所にいる」という事実は、たぶん多くの名前より静かで、強い。
落ち葉の積もる十一月の図書室で、三人の距離はようやく自然な形になってきたのだと思います。




