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水面(みなも)は冷ややかに凪ぐ  作者: ちとせ鶫
第6章 不純物の沈殿

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第22話 景色になる

十一月の光は、十月より静かです。

落ち葉の速度や、ページをめくる癖や、誰かの「好きだわ」という言葉まで、ゆっくり輪郭を持ち始めます。

変わらない志乃の隣で、二人は少しずつ、安心して変わっていきます。

 十一月の第二週に、三人が揃った。


 陽葵が先だった。

 本を二冊、端を揃えて置いた。

 栞を挟んだ方を開いた。

 速いリズムで読んでいた。


 志乃は百十五ページを読んでいた。


 漣が来た。

 引き戸が枠の端まで開ききった。

 一つ奥のテーブルへ。

 シャープペンシルを出した。

 ノートを開いた。


「よ!」と漣は言った。

「来ましたよ」と陽葵は言った。

「俺が言ったんだけど」と漣は言った。

「私もです」と陽葵は言った。

「誰に」

「志乃に」と陽葵は言った。


 志乃は読んでいた。


「来たね」と志乃は言った。「二人とも」


 漣が何か言いかけた。言わなかった。シャープペンシルでテーブルを一回叩いた。


 三人は、それぞれのことをした。


 調子の異なるページをめくる音が二種類。 

 シャープペンシルの音が一種類。

 重なった。


 しばらくして、陽葵がページをめくる手を止めた。


 窓の外を見た。


「松林って」と陽葵は言った。「葉、落ちてきてますね」

「十一月だから」と漣は言った。

「志乃は気づいてた?」

「気づいていた」と志乃は言った。

「いつから」

「先週から」と志乃は言った。「少しずつ落ちていた」


 陽葵が窓の外を見たまま言った。「毎日来てると、そういうの気づくんですね」


「来ない日もある」と志乃は言った。

「でも来る日の方が多い」と陽葵は言った。

「そうだね」と志乃は言った。


 漣がシャープペンシルを止めた。

 窓の外を見た。

 三人が、しばらく松林を見た。


 葉が、一枚、落ちた。


 ゆっくりと落ちた。

 風はなかった。

 それでも落ちた。

 落ちてから、地面に届く前に視界から消えた。


「……きれいですね」と陽葵は言った。

「そうかな」と志った。

「志乃はきれいと思わないの?」


 志乃はページに目を戻した。


「落ちていると思う」と志乃は言った。「きれいかどうかは、わからない」

「なんか」と漣は言った。「そういうとこ好きだわ」

「どういうところ?」

「うまく言えない」と漣は言った。


 陽葵が笑った。

 声が出た。

 小さかったが、声があった。

 図書室の中に、陽葵の笑い声があった。


 志乃は百十五ページを読んだ。

 陽葵がページをめくった。速いリズムに戻った。

 漣がシャープペンシルを走らせた。


 三人はそれぞれのことをした。


 日が傾いた。

 光の角度が変わった。

 書棚の橙が来た。

 上の三分の一だけが光り、残りは影だった。


「そういえば」と陽葵は言った。「志乃って、その本、何周目ですか」

「四周目ね」と志乃は言った。

「四周」と陽葵は言った。「毎回、違うものが見える?」

「同じものが、違う場所に見える」と志乃は言った。


 漣がシャープペンシルを止めた。


「それ、前も聞いた」と漣は言った。

「聞かれたね」と志乃は言った。

「変わってない」と漣は言った。

「変わる理由がない」

「俺はそれが好きだわ」と漣は言った。もう一度言った。


 陽葵がページをめくった。


 志乃は百十六ページをめくった。


 窓の外で、また葉が一枚、落ちた。

 今度は少し速かった。

 落ちて、視界から消えた。


 その落ち方が、そこにあった。


 景色として、そこにあった。


 志乃は百十六ページを読んだ。


 右手の指が、ページを押さえた。

 紙の繊維が逃げる程度の力だった。


 白くなかった。


 強くもなかった。


 ただ、そこにあった。

この話では、大きな事件は起こりません。

けれど「ここに来ればいい」という言葉が、季節をまたいで居場所になっていく。

白くならなかった指先は、志乃の中で何かが静かにほどけ始めた証なのかもしれません。

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