第16話 波紋の交差
十月の終わり。
光の角度が変わり、松林の色が変わり、図書室の静けさにも少しずつ違う輪郭が混じり始める。
変わらないように見える日々の中で、誰かの居場所だけが静かに定着していく。
十月が終わろうとしていた。
図書室の窓から見える松林は、
黄みを帯びた緑から、少しずつ茶色を含んでいた。
光の角度は夏の記憶にない位置まで下がっていた。
書棚の橙の日が射す時間が、一週間前より早かった。
志乃は百ページにいた。
陽葵が来た。
立ち止まらずに入ってきた。
椅子を引いた。
本を置いた。
「志乃」と陽葵は言った。
「来たね」と志乃は言った。
「来ました」と陽葵は言った。
それだけだった。
二人は読んだ。
漣は今日来なかった。
来ない日もあった。
それでも図書室は静かだった。
漣がいない静けさと、漣がいる静けさは、音の種類が違った。
志乃はその違いを知っていた。
今日は前者だった。
「青凪祭って」と陽葵は言った。ページをめくりながら言った。
「なに?」
「来月なんで すよね」
「そうだね」と志乃は言った。
「志乃は出し物、何かやるんですか」
「クラスのことはクラスでやる」と志乃は言った。「私は参加する」
「参加するって、見て回るってこと?」
「そうよ」
陽葵はページをめくった。速いリズムだった。
「私、実行委員長なんですよ」と陽葵は言った。
「知っている志乃は言った。
「え、知ってたんですか」
「立候補した日、クラスで拍手があった」
「......志乃、そのとき本読んでたじゃないですか」
「聞こえた」と志乃は言った。
陽葵が少しの間、黙った。
「なんか」と陽葵は言った。
「ちゃんと見てないようで、ちゃんと見てるんですよね、志乃って」
「見ていない」と志乃は言った。「聞こえただけだ」
「それって」と陽葵は言った。声に笑いがあった。「同じじゃないですか」
志乃はページを読んだ。
「大変?」と志乃は言った。
「え?」
「実行委員長が」
陽葵は少し黙った。
「......まあ」と陽葵は言った。「大変といえば大変ですけど」
「終わったら」と志乃は言った。「ここに来ればいい」
陽葵が、また少し黙った。
「......はい」と陽葵は言った。声が低かった。笑いはなかった。
低いまま、静かに、ただそこにあった。
二人はしばらく読んだ。
廊下から声が来た。
複数の声が、文化祭の準備について話していた。
笑いが混じっていた。通り過ぎた。
陽葵は顔を上げなかった。
ページをめくった。速いリズムだった。
志乃は百一ページをめくった。
右手の指が、ページを押さえた。
紙の繊維が逃げる程度の力だった。
窓の外の松林が、今日は揺れていなかった。
静止していた。光だけが動いていた。
葉の茶色と黄みが、光の中で混ざっていた。
陽葵の手が、テーブルの上にあった。
本を開いていた。何もしていなかった。
押す。引く。の動きはなかった。
静かだった。
図書室の外では、十一月が近づいていた。
「終わったらここに来ればいい」
志乃の言葉は、相変わらず説明が少ない。
けれど陽葵には、その短さで十分だった。




