第七話 池田屋の真相
「林太郎さん林太郎さん!聞きましたか!近藤先生たちが京の池田屋で大活躍したそうですよ!」
そう言って屯所に駆け込んできたのは兵助だった。
春が過ぎ去り夏が少しずつ足音を立てる蒸し暑い日だった。
「ああ。今まさに総司からの文を読んでいたところだ」
林太郎は机と向き合ったまま、振り返らずそう返事をする。
林太郎の目は総司の書いた文字を追っていた。
「やっぱり先生たちはすごいなあ…!僕たちも負けていられないですね!」
兵助は目を輝かせながらそう言った。
新撰組は池田屋事件で大きな戦果を上げ、瞬く間にその評判は広まっていった。
遠く離れた江戸にもすぐにその話は伝わり、特に新徴組では―かつて仲間だった者たちとして、注目せずにはいられない。組内はその話題で持ち切りだった。
(池田屋か……もうそんな頃合いか)
「それで、総司からの手紙には何と?」
兵助は林太郎が手に持つ便箋に目を向けた。
「ああ。総司も先生や永倉と共にかなり奮戦したらしい。それと、一番隊隊長になったそうだ」
「へえ!総司やるじゃないか!永倉さんもさすがだなぁ。あの人もすごく強いもんなあ」
兵助はうんうんと納得するように深く頷いた。
「……そうだな」
林太郎は総司のことが気がかりだった。
―兄さん、僕は元気だよ。だから心配しないでね。
手紙は、総司らしい字でそう締め括られていた。
(あれから手紙はちゃんと毎月届いているし、元気だとも言っている。それに俺の弟は、総司は並大抵の強さではない。怪我をしていないのも本当だとは思うが……)
林太郎は不安に駆られる。
というのも、林太郎は一度目の人生でほとんど総司の動向を知らなかった。
池田屋事件などの大きな出来事は噂で耳にしていたものの、文を交わした回数は片手で数える程度だった。
「やっぱ俺もそっちに行っときゃよかったか~。江戸は弱いやつらばっかりだぜ」
気怠げなその声に、林太郎はハッと我に返った。
「織衛!聞いていたのか」
素早く反応したのは兵助だった。
玉城織衛は直心影流剣術を使う新徴組の隊士で、若手ながらもその実力は凄まじく、大所帯の組内においても際立って強かった。
「俺は江戸に行った方が強いやつと戦えると思ったからこっちに来たのになあ。京に残ったあいつらの方が楽しそうじゃねえか」
「それを言うなら少しは真面目に見廻りをしたらどうだ」
林太郎は織衛の顔を見ると、訝しげにそう言う。
織衛は剣の腕だけで言えば文句なしなのであるが、性分が自由奔放すぎる部分があった。
「林太郎さんまで良之助さんみたいなこと言うのかよ~。
それより林太郎さん。あんたの弟は強いんだってな!俺より強いか?」
「さあな」
林太郎は素知らぬ顔でそう言った。
「いくら織衛でも総司には敵わな……いや、織衛の方が強いか?模擬戦なら総司の方が勝ちそうな気もするけど…真剣なら織衛に勝ち目があるかも」
「兵助、真面目に考えなくていい」
つらつらと話し始める兵助に林太郎は頭を抱えた。
「へえ、面白いじゃねえか!よし兵助、今から京に行くぞ!その総司とやらを俺が負かしてやる!」
「今から!?何を言ってるんだ織衛!僕たちはこれから見廻りだよ!ほら行くぞ」
「おい兵助離せ!俺は林太郎さんの弟に勝つぞ!絶対に!」
兵助が織衛を引っ張って部屋から出て行き襖を閉めた後、林太郎は思わず大きな溜息をついた。
(一番隊隊長か……総司の活躍を聞けるのは、兄としてはこれ以上ないくらい喜ばしいことではあるが―
無理をしていないといいが)
林太郎はそう思わずにはいられなかった。
それからたった数日後のことだった。
「これ、父上宛てですよ」
そう言って一枚の封筒を林太郎に渡したのは、芳次郎だった。
「俺に?総司からはつい数日前に来たばかりだが……」
そう言いながらも林太郎は封筒を受け取り、裏面を見た。
「永倉…?なぜこのタイミングで」
差出人は林太郎のかつての仲間でもある、永倉新八だった。
林太郎は不思議に思いながらもその場で封を開けた。
手紙には、先の池田屋での戦いのこと、また総司の活躍を褒め称える文章が連なっていた。
しかし、二枚目の便箋を読んだところで林太郎は息を呑んだ。
― 総司からは、お前には言うなと言われている。
だが、俺は見てしまった。
総司は池田屋で血を吐いていた。
浪士どもに斬られたわけではない。ただ、苦しそうに咳き込んでいたのだ。―
林太郎は、心臓の鼓動がどんどん早くなるのを感じた。
(血を、吐いただと…?どういうことだ、総司は元気だと言っていたのに!まさか、もう病が進行しているのか……?)
「……父上?父上!どうされたのですか」
顔面蒼白になった林太郎を見て、声をかけたのは横にいた芳次郎だった。
「いや、それが、総司……総司が……」
「叔父上が?何かあったのですか」
芳次郎が不思議そうに尋ねる。しかし林太郎は押し黙ってしまった。
(総司はもう戦えない、戦わせてはならない!やはりここは俺が総司のもとに行くべきか……。
いや、そんなことができるか?みつと芳次郎を江戸に置いて?)
林太郎がぐるぐると思考を繰り返している、その時だった。
「林太郎さん!ちょっと来てください!大変なことになりました」
切羽詰まった表情で林太郎を呼んだのは琴だった。




