第六話 沖田芳次郎
「あら林太郎さん。今日は早いんですね」
織衛のことを良之助に任せた林太郎は、一足先に帰宅していた。
林太郎を出迎えたのは妻のみつだった。
林太郎は、時が戻ってからはじめて、昔の年若い妻と再会した時は大層驚いたものの、徐々に慣れつつある頃だった。
みつが、林太郎を影で支える良き妻であるのは今も昔も変わらなかった。
「今日は騒ぎがなかったからな。芳次郎は?」
「外に。あの子ったら食事をする間も惜しんでずっと剣の稽古をして…ふふ、一体誰に似たのでしょうね」
みつは笑みを漏らしながらそう言った。
「そうか。少し見てくる」
時が戻っているのだから、芳次郎も当然まだ子供だった。
林太郎は、一度目の人生で大人になった芳次郎に慣れていたため、これまた大層驚いたのであるが、今ではその小さな背中もすっかりと見慣れてしまっていた。
「芳次郎」
林太郎が庭へと向かうと、芳次郎が一心不乱に素振りをしている姿が見える。林太郎は思わず声をかけた。
「父上。お帰りになっていたのですね」
芳次郎は父である林太郎がやって来たのに気がつくと、竹刀を振るのをやめ、落ち着いた声色でそう言った。
(まだ子供だというのに…やはり随分大人びた口調だ)
林太郎はそう思った。芳次郎は、風貌はどこか昔の総司に似ているのに、性格の方は真逆と言っていいほど異なっていた。
「稽古に励むのもいいが…少しは休んだらどうだ。ほら」
林太郎は芳次郎に水筒を渡し、飲むように促した。
「……いえ。僕も早く新徴組に入りたいので」
芳次郎は林太郎から水筒を受け取り一気に飲み切ると、そう言った。
「お前はまだ子供だろう。そう急ぐこともない」
林太郎は困った顔をしてそう言ったが、芳次郎が若くして新徴組に入ることになるのを林太郎は知っていた。一回目がそうであったように。
芳次郎には剣の才能があった。努力も惜しまなかった。そのうち自分よりも強くなるだろうと、林太郎は思っていた。
「最近そればかり言うんですよ」
奥から出てきたのはみつだった。林太郎と芳次郎の様子を見に来たのだ。
「そうか。稽古に熱心なのはいいことだが…」
「それに、歳が若くても強ければ入れるんでしょう。叔父上のように」
芳次郎はムッとした表情でそう言った。芳次郎の叔父、まさに総司のことだった。
「総司はもう十八になるぞ」
「じゃあ、叔父上より僕が強くなればいい」
芳次郎がそう言ってまた素振りを再開しようとしたので、後ろでその様子を見ていたみつが慌てて駆け寄ってきた。
「そういえば、総司さんからのお手紙には何と?」
「ああ、総司は新撰組で元気にやっているそうだ」
「そうなのね、それはよかったわ」
林太郎の言葉を聞いてみつはほっと胸を撫で下ろしてそう言った。
林太郎と離れ京に残った総司のことを、みつも気にかけていた。
「父上、手合わせしていただけませんか」
不意にそう言い出したのは芳次郎だった。
「構わないが……どうした急に」
「叔父上が新撰組に入ったのなら、僕も負けていられません。でも、まずは父上です。父上よりも叔父上の方が強いですから」
芳次郎は至極当然のようにそう言ってのけた。
「お前は……」
「事実でしょう」
「……」
芳次郎の物言いに呆れてものも言えなくなった林太郎だったが、しばらくして黙って竹刀を手に取り芳次郎の目の前に立った。
「父上、ありがとうございます」
「一本勝負だ」
「わかってます、父上はいつもそうですから」
芳次郎が竹刀を握り直し林太郎に向かって走り出す。
林太郎もそれを見て、静かに竹刀を構えた。
「林太郎さんは芳次郎に甘いんだから」
みつは楽しそうにそう言った。
林太郎は、一本勝負と言いながら結局何戦も芳次郎に付き合った。それでも林太郎から一本も取れなかった芳次郎は、疲れ果てて休憩を余儀なくされていた。
「そうかもしれんな。でも、あいつもかなりやるようになった。俺よりも才能がある。将来は、それこそ総司のようになるかもしれん」
林太郎が独り言のように呟いた。本音だった。
風貌だけでなく、才能までもが自分ではなく総司に似るとは。どんな因果の巡り合わせなのだろうかと―
林太郎はそう思っていた。
「そう?ふふ、あの子は林太郎さんに似てると私は思いますけどね」
「どこがだ」
「あら、自分ではわからないんですね。私から見たら、二人ともそっくりですよ」
みつはまた楽しそうに笑ってそう言った。
(剣にひたむきなところも、少し無愛想だけれど本当は優しいところも……本当に林太郎さんにそっくりなのに)
「そういうものか」
林太郎はそう言ったが、みつの言葉は今ひとつ腑に落ちなかった。
※ここでは沖田林太郎を沖田総司の実兄と設定しているので、沖田みつは総司とは血が繋がっていないことになります。




