第三話 江戸へ行くか、京に残るか
「総司、俺と一緒に江戸に戻らないか」
その日の夜、林太郎は総司を呼び出していた。
清河らが江戸へと再出発するのは明日の朝に迫っていた。何か行動を起こすなら今しかない。林太郎はそう思っていた。
「先生と一緒に行きたいのはわかる……俺だってそうだ。でも、その後は?どうやって生活していく?浪士組を抜けて、何の後ろ盾も持たない俺たちが京に残ったところで、何ができる?何にもなれない、ただの浪人止まりがいいところだ」
嘘だった。林太郎はこの先の未来を知っている。彼らは、京に残った者たちは後に新撰組として会津藩預かりのもと取り立てられるのだ。
しかし、この時点では清河に反し京に残る者たちには何の保証もなかったのである。林太郎の言うことは何も間違ってはいなかった。
「兄さん、でも……」
「みつも、お前を心配しているんだ。芳次郎だって、お前がいてくれたらきっと喜ぶ。
先生だって、事情を話せばきっと納得してくれる。お前はまだ若いんだし」
林太郎は、この時近藤を恨めしく思う気持ちすら芽生えていた。
もちろん、近藤は試衛館の道場主であったし、林太郎にとっても長年稽古を共にしてきた信頼できる人物である。
しかし、近藤がこんなことを言い出さなければ、大人しく清河の言うことを聞いていればこうはならなかった―と、そう思ってしまうのだ。
「……。」
総司は子供に戻ったかのような悲しそうな顔をしていた。何も言えなかった。
「総司」
「兄さん、ごめん。僕は先生について行く。これは変えられないんだ。一生後悔する気がして」
総司は意を決したようにはっきりと、そう言った。先程の子供のような表情が嘘のような、真剣な表情だった。
総司は昔からこういうところがある。一度決めたことには頑なだし、それに近藤も絡んでいるとなると―
林太郎もわかっていた。それでも―
(一生後悔する気がする……?お前自身が死んだら元も子もないだろ!)
林太郎はそう思わずにはいられなかったのである。
二度目の人生だ。新撰組で総司はめざましい活躍をする。しかしその裏で、病は進行し、総司の体を着実に蝕んでゆく―
「総司」
林太郎はもう一度総司に向き直った。
総司の目を見る。我が弟ながら、勇ましい眼差しだ。林太郎はそう思った。
「兄さんと離れるのは僕も寂しいよ…。でも大丈夫だよ兄さん、僕強いし!」
そう言われると林太郎は何も言えなくなる。
総司はこの時既に才能を開花させており、林太郎は手合わせで総司に勝てないことが増えていた。
「それに、また会えるさ。そりゃ江戸と京じゃ、すぐ会えるとまではいかないけど……。
でも、兄さんが江戸で頑張ってると思えば僕ももっと頑張れるしね!」
違う。一回目の時、結局林太郎は総司と二度と会えなくなっていた。
総司が帰らぬ人となったからである。
一度目の人生では、総司があと数年の命だということは、林太郎は知らなかった。でも、今回は違う。
「そうか……。わかった。なら手紙を出してほしい。月に一回ほど。あとは、無理をするな。少しでも身体に異変を感じたら、すぐ医者にかかるんだ。いいな」
林太郎は、総司の決断が覆らないことを悟っていた。
総司が生まれた時から、ずっと一緒にいたのだ。そのくらい林太郎にも明らかなことだった。
「もう、兄さんは心配性だなぁ。僕は男だよ?それに……」
「総司。……頼む、お願いだ」
「兄さ、」
「頼む、総司」
林太郎は深く深く頭を下げた。
総司は、何をそんなに心配するのかと笑っていたが、林太郎の必死な様子を見て表情を変えた。総司は兄の、林太郎のこのような姿は見たことがなかった。
(兄さん……何かあったのかな)
総司はそう思わずにいられない。しかし、それを口に出すことはしなかった。
「……わかったよ、兄さん。そんなに言うなら無理もしないし手紙も出す。兄さんに心配をかけるようなこともしないさ。だからさ兄さん、頭を上げて?」
「ありがとう、総司」
林太郎の声がわずかに震えてるのを感じて総司はぎょっとしたが、すぐにその感情を抑えた。
(兄さんがこんなに僕のことを心配するなんて珍しいな…。僕も気をつけよう。兄さんに言われたことをちゃんとやる。これ以上兄さんに心配をかけないためにも)
総司の決心は固まっていた。




