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沖田総司の兄は、弟を救うために人生をやり直す。  作者: 炙り〆鯖
第一章 新徴組と新撰組の兄弟
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第二話 六番組の男



「353、354、355……!」

林太郎は、さんざん考え抜いた挙句結局考えがまとまらず、冷静になるため竹刀を手に取っていた。


(身体が軽い……やはり俺は戻っているのか)


林太郎にとって数え切れないほど繰り返した動作であったが、懐かしさを感じさせるものでもあった。

林太郎が剣士だった頃の自分を思い出すのに、そう時間はかからなかった。


総司ほどの才は林太郎にはない。それでも、試衛館で仲間と共に稽古を積んだ天然理心流の剣士であり、後には新徴組の小頭として、江戸の治安を守る者となる―林太郎の腕は確かなものであった。




「見た事のない振り方だ。どこの流派だろうか」


林太郎の背後から、不意に独り言のような声がした。


林太郎は素振りをやめ振り返ると、縁側には見知らぬ男が立っていた。


年の頃は林太郎とそう変わらないだろう。すらりと背が高く、穏やかな笑みを浮かべている。柔和な雰囲気の男だったが、目鼻立ちは驚くほど整っていた。


林太郎は竹刀の先を地面へ下ろした。



「天然理心流と言います」


「なるほど、これが……。まさに実戦剣法というわけだ。興味深い動きをする」


男はそう呟くと、まるで答え合わせをするように林太郎を見た。


「理心流ということは、あなたも試衛館の方ですか?なにやら京へ残ると噂の」


「ご存知ですか」


「俺も六番組なんです」


男は縁側から降りると、ゆっくり林太郎へ近づいてきた。


「試衛館のみなさんは、六番組でも随分目立っていましてね。他の者たちも一目置いていたように思います」


林太郎はそれを聞いて思わず苦笑いを浮かべた。

――あいつら、悪目立ちしてるんじゃないだろうな。


「俺も試衛館の門人です。ご迷惑をおかけしたようで」


「はは、そんなことはないです。と言いたいところですが、さすがに芹沢さんが本庄で火を炊いた時は肝が冷えたな」


今となってはあれも思い出深いですがね。と男は加えた。

林太郎はいよいよ胃が痛くなった。


「どうも六番組には個性的な人物が多いように見えますね。しかし、その分旅路も退屈しないで済みました。

ところで、あなたは六番組では見ない顔ですね」


「俺は三番組です。沖田林太郎と申します」


「三番組?」


良之助は意外そうに目を瞬いた。


「試衛館の方々は皆六番組だと思っていました」


「俺と井上さん、それに馬場だけは別でした」


林太郎は苦笑した。

林太郎にとっても、この組分けの真意は測りかねていた。


「そうでしたか。失礼、申し遅れました。中沢良之助と申します。

沖田、とはもしかして」


良之助がそう言いかけた時だった。


屋敷からドタバタと騒がしい足音がした。


「兄上!稽古なら私も入れ―って、あれ?誰?」


良之助のもとへ駆けて来たのは若い娘だった。

林太郎が思わず目を見張ったのはその背丈である。

良之助にも劣らぬ長身に、着物の下から伸びる手足も剣術鍛錬を積んだ者特有の引き締まったものだった。


「琴!その姿で出てくるなと言っただろう!」


「だって、素振りの音しか聞こえないし兄上が一人で稽古をしているのかと…!」


「はぁ……」


良之助は長い溜息をついた後、林太郎に向き直った。


「妹の琴です。清河先生が特別に許すとのことで、妹も浪士組に参加しているのです」


「はじめまして、中沢琴です!お騒がせしてすみません」


琴はそう言うと、勢いよく頭を下げた。

先程までの騒々しさとは打って変わり、礼儀正しい。


「三番組の沖田林太郎です」


「沖田……?もしかして、沖田総司さんの?」


琴の目がぱっと輝く。


「弟です。ご存知でしたか」


「そりゃあもちろん!六番組ではみんな知っていますよ!」


琴は興奮したように身を乗り出した。


どうやら総司は林太郎の知らぬところでも随分と名が通っているようだ。


「では、沖田さんも弟さんと共に京に?いいなあ、私も本当はここに残りたいのです」


「琴」


良之助がたしなめるように名前を呼ぶ。

しかし琴は気にも留めていない様子だった。


「お二人は江戸へ戻られるのですか」


林太郎が問うと、今度は良之助が答えた。


「そうですね」


良之助は苦笑する。


「正直、志を通し自分で道を選ぶ試衛館の方々を羨ましく思う気持ちもありますが……清河先生には恩もありますので」


良之助がそう言うと、琴は不満そうに頬を膨らませた。


「兄上はそう言いますけど、私はまだ納得していませんからね」


「琴」


「だってそうでしょう!上様をお守りするために遥々京まで来たのですよ。

それなのに何も成さぬまま江戸へ帰れだなんて。筋違いにも程があります!」


「お前は少し黙っていろ」


良之助は頭を抱えた。


林太郎は思わず口元を緩める。兄妹らしいやり取りだった。


「ねえ、沖田さんは本当に京に残るのですか?

なら私も一緒に残らせていただけませんか!」


「琴、無茶なことを言うな」


「……実は、まだ決めかねています。俺には妻と子がいるので」


林太郎はそう答えた。


「なるほど……それは難しいですね」


琴が唸るように呟いた。


良之助も静かに頷く。


「確かに。奥方やお子さんがいらっしゃるなら、そう簡単な話ではありませんね」


「ええ」


「ですが、まだ決めかねているということは、江戸へ戻る可能性もあるのでしょう?」


林太郎は少しだけ考えた。


「……なくはありません」


「なら、その時はぜひ声をかけてください」


良之助は穏やかに笑った。


「俺も琴も、しばらくは江戸にいるはずですから」


「兄上、私は京に残りたいです」


「諦めろ」


琴は露骨に肩を落とした。





「最後に一つだけよろしいですか」


「何でしょうか」


「六番組は個性的な者が多いとおっしゃいましたが、妹を浪士組に連れて来たあなたが一番個性的ですよ」


「はは、確かに。これは一本取られました」


良之助は声を上げて笑った。


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