第二十七話 死闘、池田屋
「新撰組だ。手向けえば容赦なく斬り捨てる!」
林太郎はそう叫ぶと、浪士たちを見渡す。
――ざっと、三十人くらいか。かなり多い。
果たして、勝てるか。
「やれ!」
不逞浪士の一人が迷いなく刀を振りかざしてきた。
ガキン!
耳を劈くような金属音が響く。刀を受け止めたのは山南だった。
「河合!手筈通りに!」
山南がその刀を受け止めたまま、階下にいる河合に向かって大声を出した。
「はっ……はい!」
それを聞いた河合は恐怖で顔を歪ませながらも、一目散にその場を駆けていった。
「さて……近藤さんと土方さん、どちらが先に来るでしょうね」
山南が受けていた刀を弾き飛ばすと、再び刀を構え直した。自然に林太郎と背中合わせの状態になり、二人を大勢の不逞浪士たちが囲う。
「さあ、それまでに死なないといいが」
林太郎も刀を正眼に構えた。
「林太郎さん!」
松原が階段を上り飛び出して来た。彼を先頭に、他の隊士たちも続々と二階へ上がって来る。
「松原か」
「はい。指示の通り、伊木たちは裏口へ行かせました」
松原の言葉に、林太郎は頷いた。
その瞬間にも、不逞浪士がまたもや飛びかかって来る。
林太郎はその刀を自身の刃で防ぎながらも、逃げようと他の部屋に入っていく浪士たちを目で追った。
「松原、ここは任せた」
林太郎は松原の肩を一度叩くとその場を急ぎ足で離れた。
現場はまさに混沌としていた。
林太郎が一人で三人の浪士を相手にしている間も、すぐ近くの部屋では怒声や悲鳴、刀のぶつかり合う金属音に血飛沫が出る音が絶え間なく聞こえてくる。
「っ、キリがない……」
林太郎は既に、もう数人の浪士と刀を交え、斬り伏せた後だった。浅葱の羽織りには返り血の飛沫が染み、肩で大きく呼吸を繰り返す。
それでもまた、他の浪士たちが刀を林太郎に降りかかってくる。
――総司は、こんなところで戦っていたのか。
林太郎は降りかかる刀を受け止め、両手の塞がった浪士を蹴飛ばした。浪士が大きく後ろに退き、尻餅をつく。
「ここまでだ」
林太郎が刀を下ろそうとした時、背後から気配がした。襖が開いたのだ。林太郎が振り返る間もなく――
「……っ!」
ざっくりと、背中を斜めに斬られた。林太郎は思わずその場に膝をつく。
「クソ……」
――俺は、総司にはなれない。
ガキン!
再度、金属音が大きく響き渡る。
膝をついた林太郎を真正面から斬ろうとした刀を、咄嗟の判断で受け止める。
「林太郎!」
焦ったような声が少し先の方から聞こえる。手前の部屋にいた、山南だった。
それでも山南がこちらへ向かう余裕はない。林太郎がその声に振り返った時には、既に山南は浪士たちと刀を交えていた。
――こんなところで、死ぬ訳にはいかない。
思い出せ。琴はあの長い刀を、どのように動かしていた?
林太郎は歯を噛み締めて立ち上がると、震える手で刀を構え直した。背中からはぼたぼたと血が垂れ、畳に大きな染みを作った。
――「いいか、林太郎。刀だけではない。身体全体が剣となるんだ」
それは、良之助の言葉だった。
ふう、と林太郎は小さく息を吐いた。次の瞬間、林太郎は大きく飛び上がった。
目の前の浪士が唖然とした表情になった。
その数秒が、林太郎にはひどくゆっくりと感じられた。
足が畳に着く前に、林太郎は刀を振り下ろした。目の前にいた浪士は上半身を大きく斬られ、血を垂れ流しながらばたりとその場に倒れた。
「おのれ……!」
林太郎の背後にいた浪士が林太郎に刃を剥く。
林太郎は即座に後ろを振り返ると、振り下ろされた刀を避け、そのまま鳩尾に肘を叩き込んだ。
「うっ……!」
その反動で浪士が後ろに倒れ込む。刀を持った林太郎がゆっくりとその浪士に近づくと、浪士は怯えるように後退りした。
「ま、待っ……」
浪士の言葉はそこで途切れた。林太郎が斬り伏せたのである。そのまま浪士は動かなくなった。
「……」
背中の出血は止まることなく流れ続けていた。林太郎は思わず壁に手をついた。油断すると、視界が暗転しそうだった。
――まだか。まだ増援は来ないのか。
周りに目をやると、山南も松原も、他の隊士たちも必死に戦っている。
しかし、数の不利は圧倒的だ。苦戦を強いられていることに変わりはない。このままで、いつまで持つか。
終わりが、見えない――
「中々の腕前のようだ」
突如、廊下から一人の浪士が現れた。林太郎は思わず息を呑んだ。先程の浪士たちとは、どうも面構えが違う。
「……宮部鼎蔵か」
林太郎は壁から手を離すと、刀を再び正眼に構えた。男はその問いに、肯定も否定もしなかった。
「我らを斬って、そしてどうする」
男は刀を構えたまま、攻撃してくる気配がない。
「京の治安を守るのが、新撰組の役目だ」
林太郎は平生を装って答えた。しかし、この男は間違いなく宮部だ。
――勝てるか。今の俺に。
「幕府はもう終わりだ。犬と成り下がったお前たちに未来はない」
男は林太郎の目をまっすぐに見つめていた。
「そんなことはわかっている」
林太郎は、その言葉が口に出たことに、自分でも内心驚いた。
そんなことは、わかっているのだ。戊辰戦争を戦った。しかし、結局は負けた。これからこの世は、薩長が動かしていくことになる。
それは、百も承知の上だった。
「では、なぜこのような愚かな真似をする」
男も、林太郎の返答には些か驚いたようだった。
「弟が新撰組にいるから」
林太郎は至極当然のようにそう答えた。
そう、たったそれだけなのだ。そのためだけに、今まで何人も斬ってきた。
(愚かか。確かにその通りだ)
林太郎の口から静かな失笑が漏れた。
「随分と余裕そうだ」
林太郎の失笑が男の戦意を誘ったのか、男は次の瞬間には刀を振り上げていた。
林太郎も咄嗟に刀で受け止めようとする。しかし、間に合わない。
(速い!まずい、斬られ――)
その刹那だった。
「遅くなったな」
林太郎に振り下ろされるはずの刀は防がれていた。土方だった。
「林太郎!後ろめっちゃ血出てんぞ、大丈夫か!?」
原田が林太郎の背を見て大声を出した。
その後ろからも、井上、斎藤、島田らの隊士が続々と現れた。
「……こいつが宮部鼎蔵か」
斎藤が男の顔を見た。林太郎は静かに頷く。
「諦めてお縄につけ」
土方がそう言って、宮部に刀の先を向けた。土方隊の到着により、人数の不利は逆転していた。
「そうか……」
宮部は現れた隊士たちを見渡し、小さく息を吐いた。
そして、再び刀を持ち上げた。それに反応し、隊士たちも一斉に刀を構えた。しかし――
「この私が、幕府の犬に斬られるものか」
宮部の刀は、林太郎たちに向くことはなかった。
次の瞬間、宮部は自身の腹に刀を突き刺していた。
「うっ……」
苦悶の表情が広がる。そして、そのまま地面に倒れ込んだ。流れ出た血がじわじわと畳に広がっていく。
宮部は自刃した。その事実を確認した隊士たちは、すぐさま他の戦場へと向かっていった。
「おい、待て……」
林太郎もその場を離れようとした時。部屋の奥から、掠れた声がした。
「自ら破滅の道に進むなど……本当に、愚かな奴だ……」
宮部の血走った目は、たしかに林太郎を見ていた。林太郎はその言葉に、思わず立ち止まった。
「おい、行くぞ」
土方がそう言い肩を叩き、林太郎はハッとした。
「……ああ」
林太郎はもう一度宮部を振り返ると、もうその身体は崩れ落ち、動かなくなっていた。
その後も戦闘は休みなく続いた。
土方隊が到着したことにより状況は逆転したものの、不逞浪士たちはまだ残っていた。
近藤隊がやっと到着したのは、不逞浪士たちの捕縛にも一段落ついたころだった。
「そうか……遅くなってすまなかったな」
遠くで近藤と土方の話し声が聞こえる気がした。
林太郎は長い時間戦い続け、失血も多かった。もう立っているのがやっとだった。
「兄さん!兄さん!!」
総司が林太郎の元に泣きそうな顔で走ってやって来た。その羽織りは血一つの染みすらない。林太郎はやっと安堵の息を吐いた。
「兄さん、すごい怪我だよ。ねえ、早く手当てしないと。誰か!」
総司は早口で捲し立てながら、林太郎の顔を心配そうに覗き込んだ。
(ああ、総司は無事だ、元気だ……よかった……)
そこでぷつん、と林太郎の意識が途切れた。




