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第二十話 局中法度



「我らは新撰組と名を改めることになった」


壬生浪士組の隊士たちは屯所の一室に集められていた。

ずらりと並ぶ隊士たちの前には、局長である近藤勇、新見錦、そして芹沢鴨が鎮座している。


「へえ、新撰組か!いい響きじゃねえか!」


「我らはもう壬生浪士組ではないのか!」


口々に声を上げたのは原田と永倉だった。


「そうか?江戸に逃げ帰った連中と似たような名前じゃねえか。新教組だか何だか」


「新徴組だ。それに逃げ帰った訳ではない」


不満そうに呟いた土方に、林太郎が即座に口を挟んだ。


「まあいいじゃないですか土方さん!会津公が此度の僕たちの働きを認めてくれたってことでしょ」


総司が明るい声を上げた。


「ああ、そうだ。これは松平容保様から授かった名だ。

我らは壬生浪士組ではなく、これからは新撰組だ」


近藤は感慨深げに大きく頷いてみせた。



「俺は土方に同感だな。名が変わったところで何が変わる」


口を挟んだのは芹沢だった。


「ほう。芹沢さんと意見が合うなんて珍しいや」


土方は待ってましたとばかりに不敵な笑みを見せた。


「俺も名ばかりではなく、中身もその名にふさわしいものにするべきだと思いましてね。そこで妙案を思いついたのです。山南さん」


「はい」


呼ばれた山南は、懐から一枚の紙を取り出した。


「局中法度…?なんだこれ」


原田が首を傾げる。


「我らも大所帯になりつつありますので、ここらで組内の掟を定めておこうという訳です」


山南がそう説明し、紙を広げた。



一、士道ニ背キ間敷事

二、局ヲ脱スルヲ不許

三、勝手ニ金策致不可

四、勝手ニ訴訟取締不可

五、私ノ闘争ヲ不詳



「安心しろ。難しいことは一つもねえ。くだらねえことで組の足を引っ張るなってだけだ」


土方が隊士たちの顔を見回してそう言うと、彼らも納得したように頷いた。


芹沢と新見は思わず顔を見合せた。


「土方くん。この掟を破った時の処分は考えてあるのかね」


口を開いたのは新見だった。


「切腹です」


土方のその一言に、新見だけでなく他の隊士たちまでも息を呑む音が聴こえた。


「当然でしょう。間違ったことをした時は潔く腹を切る。それが武士だ」


土方がそう言い切ると、場の空気は一変し、静まり返った。皆が言葉を失った。



「俺は承服しかねる」


沈黙を破ったのは林太郎だった。

傍にいた平助は、信じられないものを見るかのような目で林太郎の顔を見た。


「お前は武士を履き違えている。

一度の過ちで命まで奪うのはあまりにも極端だ」


「ハハ、極端?お前も随分と甘いこと言うようになったじゃねえか」


「トシ、やっぱり俺も切腹まではしなくてもいいと思うんだが…」


これまで難しい顔をして静観していた近藤が、ついに声を上げた。


「お二人のお気持ちもわかります。ですが、新撰組は身分や出自を問わず隊士を受け入れている。

これからの新撰組には必要なことです」


山南の口調は柔らかく、しかし迷いのない声だった。




「いいじゃねえか」


しばらく黙って会話を聞いていた芹沢が口を開いた。


「その程度の覚悟すらない奴はここにはいない。そうだろ?」


「芹沢先生。ご理解いただきありがとうございます」


土方がすかさず笑顔で返事をした。


「僕もいいと思うよ。それに、法度を破らなければいい話でしょ。これを守ってれば腹を切る必要もないし」


「総司」


総司の思わぬ発言に、林太郎がたしなめるような声を出した。


―― こいつらは何もわかってない。こんなことをしたって、自分たちの首を締めるだけだ。


「では、これで決定ということで。近藤さんも」


「……ああ、わかった」






「会津公からお達しがあった」


その夜、近藤は難しい顔をして腕を組んでいた。

集められていたのは、土方、山南、総司、原田の四人だった。


「芹沢先生のことですね」


近藤にすぐ答えたのは山南だった。


「……そうだ。これ以上の狼藉は看過できぬから、何らかの措置を取るようにと」


近藤は苦虫を噛み潰したような顔でそう呟いた。


「いい頃合いじゃねえか。もう十分暴れたろ」


土方が吐き捨てるようにそう言った。


「私も土方さんに同意します。大和屋の一件で彼は一線を超えました。

もはや猶予はありません」


山南が近藤に詰め寄るように訴えかけた。


「だが……」


「なあ、そういえば永倉と林太郎は?」


近藤が決断しかねているその時、ふいに声を出したのは原田だ。


「あいつらは無理だ」


土方が即答した。


「兄さんは反対すると思うよ。永倉さんもね」


「ですので原田さん、このことは内密にお願いしますね」


「それもそうか。わかったよ」


山南の言葉に、原田は頷いた。


「芹沢の前に、まずは新見だ。あいつを先に片付ける」


土方が決意したように腰を上げた。


「待ってくれトシ、何もそこまで先を急がなくても!」


近藤がついに悲痛な声を上げたが、土方は動かない。


「近藤さん、後は我々で行います。全ては新撰組の今後のためです。どうかご理解いただきたい」


山南と土方が目を合わせ立ち上がり、襖を開けた。


――その時だった。





「おい、盗み聞きとはいい度胸じゃねえかよ」


襖の向こうで腕を組んで立っていたのは林太郎だった。


土方は迷わず総司を睨んだ。


「いや、僕は何も言ってないですよ!」


総司は首をぶんぶんと横に振った。


「林太郎さん。これはどういった了見ですか」


山南は刺すような視線を林太郎に向けた。


「新見さんは俺が話をつける」


「……お前、本気で言ってるのか」


林太郎の発言に、いよいよ土方の声が低くなった。

原田と総司は落ち着かない様子で二人の顔を見比べている。


「トシ、ここは林太郎に任せてはくれないか」


「近藤さん!何言って、」


「林太郎、頼む」


土方と山南は責め立てるような視線を近藤に注いだが、近藤の意思は少しも揺らぐ素振りがない。

土方は大きく溜息を吐いた。


「……好きにしろ」


そう言って林太郎の横を通り過ぎる。

すれ違いざま、土方は誰にも聞こえないほどの声で呟いた。


「妙な気を起こしたら腹を切るのはお前だぞ」


「……わざわざ忠告までするなんて、案外お前も優しいな」


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