表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/25

第十八話 芹沢鴨



「お前ら兄弟は似ていないな」


林太郎と芹沢は桜並木の下の縁台に腰を下ろしていた。


「そうですね。自分でもそう思います」


林太郎はそう言いながら、芹沢の杯に酒を注いだ。


「弟の方は随分と素直そうだ。曇りがねえ」


今度は芹沢が林太郎の杯に酒を注ぐ。

林太郎は並々注がれた杯を見ながら、苦笑いをした。


「それは俺が曇って見えるということですか」


「言っとくが顔じゃねえぞ。剣でもない」


そんなことを前もって言うなんて、誰の目から見ても、顔も剣も総司と自分はまるで似ていないと言っているものではないか。

林太郎は小さくため息を吐いた。


「では何が似ていないと言うのです」


「目だな」


「目?」


「いや、見てきたもんか」


芹沢はそう言うと、杯を口元へ運んだ。


「人殺しの目だ」


芹沢の視線が初めて林太郎の方を見た。

芹沢の鋭い眼光に、林太郎は思わず視線を外し杯に向ける。芹沢の杯が空になっていることに気づき、林太郎はまた徳利を傾けた。


「何を言ってるんですか、芹沢先生。俺は多摩の田舎道場で竹刀を振り回していただけですよ。真剣を握ったことすらほとんどない」


「何人殺した」


「ですから、」


「いや、聞くまでもねえか」


芹沢の視線が桜並木に戻る。

ひゅうと冷たい風が吹き、夜空に浮かんでいた月が薄雲にゆっくりと隠されていった。


「たしかにお前んとこの連中は、皆人を斬ったことがない目をしてる。斬ったことがあっても、せいぜい片手で足りる程度だな。

だが、お前は違う」


芹沢は杯のゆらゆらと揺れる水面を見つめた。

月光が現れて、また消えた。


「なぜ近藤の下にいる」


「……近藤先生には恩がありますから」


「恩?ハッ、馬鹿言うなよ。お前は弟しか見てねえ」


芹沢が鼻で笑ってみせると、林太郎はいよいよ肩を揺らした。




この男は一体何者なんだ。


― 本当だった。全て見透かされている。


何人殺したかという質問に答えられなかったのは――数え切れなかったからだ。

一度目と二度目の人生を合わせて、林太郎はもはや自分が何人を斬ったのかわからなかった。





「どうしてそこまで弟に執着する」


「家族を大切に思うのは悪いことですか」


「お前のはそんな生易しいもんじゃねえだろ」


芹沢が杯をくいっと傾け酒を飲み干した。

林太郎はまた徳利から酒を注ぐ。


対して林太郎の杯の中身は少しも減っていない。

林太郎はとても酒を飲む気にはなれなかった。というより、酔いは完全に醒めていた。


「芹沢先生は何でもお見通しですね。

そうですね……もう、もはや呪縛のようなものです」


「そんな呪い、解いちまえばいい」


「芹沢先生が?」


林太郎は芹沢の横顔を見た。


「芹沢先生が解いてくれるんですか」


「ああ。俺について来て試してみればいい」


「……」


林太郎は黙った。しばらくその場を静寂が支配していた。


そうして林太郎はしばらく何も言わずにいたが、縁台からすっと腰を上げた。

冷たい夜風が吹き、桜並木の枝の揺れる音がした。


「冷えてきたので、今日のところはお先に失礼します」


「まだ来たばっかじゃねえか。釣れねえ奴だ」


「すみません。弟が待っていますので」


「……」


芹沢は林太郎の言葉を聞いて黙り込んだ。

いかにもまた弟か、と言いたげな顔である。


「芹沢さん。俺が人を斬ったことがないのは本当です。ですが、」


薄雲が動き、月がまた顔を出していた。

芹沢は月光が照らす林太郎の顔を見上げた。


「弟のためなら何人でも斬れる」


「……それは俺でもか」


「はい」


「近藤でも?」


林太郎は深く頷いた。










「遅かったな」


林太郎が屯所へ帰ると、板塀にもたれかかる人影があった。

背後には「会津藩預 壬生浪士組」と記された木札がかけられている。


「総司から聞いたぞ。芹沢と飲んでたらしいな」


林太郎に声をかけたのは土方歳三だった。

壬生浪士組では副長を務めている。


「……何か吹き込まれてねえだろうな」


「心配しなくても、お前が案じているようなことは何もない」


林太郎が目を伏せ、土方の横を通り過ぎた。


「おい」


背後から呼び止められた林太郎は、振り返らずに立ち止まった。


「お前、あいつのことどう思う」


「あいつ?」


「芹沢だ」


土方が林太郎の背中をじっと見つめていた。

林太郎は月を見上げた。


「さぁ。まあ俺よりは強いだろうな」


「そういうことじゃねえ」


土方の口調が先程より険しくなったのを感じ、林太郎は振り返った。

鋭い視線を向ける土方を、林太郎は見ていた。


「知らん。俺に聞くな」


「おい、待て」


林太郎が土方が話し終えるのを待たずに屯所の玄関を跨ごうとした時だった。





「まあまあ、いいじゃないかトシ。

林太郎も、どうしてそんなにそっけないんだ」


「……近藤先生」


林太郎が間の抜けたような声を上げる。


玄関の先に佇んでいたのは近藤勇だった。

現在は壬生浪士組の局長を務めている。


「近藤さん。こいつが芹沢と飲み行ったって言うから」


「いいじゃないか」


「近藤さん!」


土方が何かを訴えるような声を張り上げた。

近藤は土方の顔をゆっくりと見つめた。


「芹沢先生は少し酒癖が悪いところがあるが……悪い人じゃない」


「ヘッ、本当かよ」


土方は吐き捨てるようにそう言った。


「……では俺はこれで。失礼します」


しばらく二人の様子を伺っていた林太郎であったが、会話が途切れたのを堺に、近藤に軽く頭を下げその横を通り過ぎていった。







「あいつ、京へ来てからなんか変だ。妙に達観してやがると言うか」


林太郎が去ったのを確認した後、土方は近藤に近づいていき、耳打ちした。


「そうか?俺にはそんな変わったように見えないけどなぁ。

最後まで江戸に行くか迷っていたから、家族が心配なんじゃないか?」


近藤は首を傾げてそう言った。


「それだけとは到底思えねえ」


しかし土方も引かない。

近藤は土方の依然鋭い眼差しを見て、困ったように笑った。


「トシ、林太郎は試衛館の最古参だ。俺にとっては誰よりも昔からの馴染みでもある。

妙な心配はよせ」


近藤にそう言われると、土方はいよいよ言葉に詰まった。


― 事実だった。土方はもちろんのこと、新撰組にいる試衛館門人の中で、最も早く入門したのは沖田林太郎であった。


「チッ、そーかよ」


その話を出されると、土方に言い返せる言葉はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ