第十七話 壬生浪士組
「兄さん、早く早く!」
林太郎は総司に手を引っ張られながら、京の街を駆けていた。
空はよく晴れ、春の陽気が心地よい日だった。
「そんなに急がなくてもいいだろう」
「だってさ、兄さんにも早く見てほしいんだもん!
あっほら、あそこだよ!」
総司が真っ直ぐに指をさす。
その先には、満開の桜が今が盛りとばかりに咲き誇っていた。
「ほら見て、綺麗でしょう?僕が見つけたんだ」
そう言って自慢げに笑う総司を見て、林太郎は思わず目を細めて頷いた。
「そうだな。こんな場所があるとは知らなかった」
林太郎はそう返事をすると、総司から視線を外し桜の木々を見上げた。
春風に乗って舞う花弁が、陽光を受けてきらきらと輝いていた。
林太郎には、これが新しい人生の門出を祝福しているようにさえ思えた。
「でも、兄さんとこうして京の桜が見れてよかった。
江戸に戻るって言い出した時はどうなることかと思ったけど」
総司はそう言いながら土手に腰を下ろした。
視線は依然桜の木に向いている。
林太郎は、結果として今回は江戸には戻らず、京に残ることを決めたのだった。
過去二度の人生で、どちらも新徴組の道を選んできた林太郎であったが、今回は違う。
林太郎は既に壬生浪士組の一員となっていた。
「俺も京へ残る選択をしたことは後悔していない。
……しかし、これから壬生浪士組はどうなってしまうんだ」
これが、今の林太郎の切実な思いだった。
言うまでもなく、林太郎には新徴組に所属していた経験しかない。
壬生浪士組について、後々新撰組となることくらいは知っていたが、その他の詳しい事情は何も知らなかった。
(京へ来て、総司を傍で見守れるようになったのはよかったが……)
三度目の人生にして、初めて選んだ選択肢である。
林太郎は不安に思わずにはいられなかった。
「そりゃあ、上様をお守りする組織かなぁ?
でも、僕は近藤先生と一緒なら何でもいいや」
「そうか……」
なんでもなさそうに土手に寝転がる総司を見ても、林太郎は落ち着かない気持ちでいる。
この時既に、殿内義雄と家里次郎という隊士が粛清されていた。それを知った根岸友山らも組を離れ、組内の空気は不穏なものになっていた。
(山南さんが切腹させられるくらいだから、ある程度の内部抗争は覚悟していたが…。まだ始まったばかりだと言うのに、ここまでとは)
新徴組では、このような粛清や内部抗争はほとんどなかった。庄内藩からの支配が強く、内部で争う必要がなかったからであろう。
林太郎が思っているよりも、壬生浪士組――後の新撰組の内部事情は複雑なものであった。
しかし― それよりも最も大きな懸念が、今の林太郎にはあった。
「よう、沖田兄弟か。どこへ行っていたんだ」
桜並木を後にし、林太郎と総司が屯所へ帰る時だった。
日が傾き始め、空は茜色に染まっていた。
「芹沢さん。兄さんと桜を見に行っていたんです」
二人に声をかけてきたのは、壬生浪士組組長筆頭である、芹沢鴨だった。
林太郎はその姿を見て息を呑んだ。
この頃には、壬生浪士組は近藤派と芹沢派で、完全に二極化していた。
「そいつはいいなぁ。俺も今から夜桜を肴に一杯やろうかと思ってんだ。お前も一緒にどうだ」
そう言って芹沢が目を向けたのは、総司ではなく―
林太郎だった。
「俺ですか」
「えー、いいなぁ。僕も行きたいです」
「悪ぃな。今日は兄貴の方と飲みてえ気分なんだ」
芹沢はそう言うと、値踏みするような目で林太郎を見た。
「いえ、俺は……」
林太郎は目を泳がせた。芹沢の真意を測りかねていた。
「何だ、用でもあるのか」
「いいじゃん、行ってきなよ兄さん!用なんてないでしょ!」
思わぬ総司の援護射撃に、林太郎は小さく息を吐いた。こうなっては断る方が不自然である。
「……はい。俺でよければ」
林太郎は観念したようにそう答えた。




