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八丈島の復讐と苦悩 ~ゲーム知識は役に立たない~  作者: 伝説の男前
第一章 帰郷

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第三話 港に残された約束

 夏の潮風は、生ぬるい。


 だが、春人の背中を流れる汗は、それとは別の冷たさを帯びていた。


 源じいは、もう一度ゆっくりと言った。


「健一さんは確かに言っとったよ。『春人が帰ってきたら、港へ行け』とな。」


 春人は手の中の紙を見つめた。


 父の筆跡。


 源じいの証言。


 夢の中の父。


 三つが一本の線でつながったような気がした。


「親父……。」


 胸の奥で何かが動き始める。


「どうした、顔色が悪いぞ。」


「あ、いえ……。」


 春人は慌てて笑顔を作った。


 ここで「父の幽霊を見た」などと言ったら、頭がおかしくなったと思われるだけだ。


 ゲームなら、NPCは重要な情報だけを話してくれる。


 しかし現実では、人は警戒すれば口を閉ざす。


 そう考えた春人は、ひとまず幽霊の話を飲み込んだ。


「父は、誰を待っていたんでしょう。」


「さあな。」


 源じいは海を見つめる。


「夕方までずっと、あの防波堤に座っとった。」


 指差した先には、古びたベンチが一つ。


 ペンキは剥げ、潮風にさらされて木材が白っぽくなっている。


「ありがとうございました。」


「何か分かったら、わしにも教えてくれ。」


「はい。」


 春人は深く頭を下げた。


 源じいは軽く手を振り、漁船のほうへ戻っていった。


◇ ◇ ◇


 港に、一人残る。


 波の音だけが聞こえる。


 春人はベンチへ歩いた。


「ゲームなら……。」


 しゃがみ込んでベンチの裏を見る。


 何もない。


 座面の下も見る。


 ガムが一つ貼り付いているだけだった。


「だよな。」


 苦笑する。


 推理アドベンチャーゲームなら、ここで「調べる」コマンドを使えば、主人公が勝手に重要なものを見つけてくれる。


 しかし現実では、自分の手で探さなければならない。


 ベンチの周囲。


 防波堤。


 係留ロープ。


 街灯の柱。


 古い倉庫。


 目につくものを一つ一つ確認していく。


 十分。


 二十分。


 三十分。


 成果はゼロだった。


「くそ……。」


 思わず座り込む。


 やはりゲームとは違う。


 隠しアイテムなど都合よく落ちているはずがない。


 そのときだった。


「兄ちゃん。」


 声を掛けられた。


 振り向くと、小学校低学年くらいの男の子が立っていた。


 麦わら帽子をかぶり、虫取り網を肩に担いでいる。


「何してるの?」


「え?」


「宝探し?」


 春人は思わず笑ってしまった。


「そんなところかな。」


「ゲーム?」


「……まあ。」


「やっぱり!」


 少年は目を輝かせた。


「ぼくもゲーム好き!」


「そうなんだ。」


「でも、おじいちゃんが『現実はゲームじゃない』っていつも言う。」


 その言葉に、春人は苦笑した。


「その通りだよ。」


「兄ちゃん、何探してるの?」


「秘密。」


「ふーん。」


 少年はあっさり納得すると、防波堤を駆けていった。


 現実の子どもは、ゲームのNPCみたいに何度も話しかけてこない。


 それどころか、興味を失えばすぐ別の遊びへ向かう。


「……そういうところなんだよな。」


 春人は小さく呟いた。


◇ ◇ ◇


 港を歩き回っているうちに、昼を過ぎていた。


 腹が鳴る。


 近くの小さな食堂から、魚を焼く匂いが漂ってきた。


「そういえば朝からほとんど食べてない。」


 暖簾をくぐる。


 店内は十席ほど。


 カウンターには漁師たちが並び、刺身定食を食べている。


「いらっしゃい。」


 白髪交じりの女将が笑顔を向けた。


「一人です。」


「好きな席へどうぞ。」


 窓際に座る。


「おすすめは?」


「今日はトビウオ定食。」


「それで。」


 注文を終えると、店内を見回した。


 壁には色あせた写真。


 漁船。


 祭り。


 港。


 そして。


「……あ。」


 一枚の写真に目が止まる。


 父だった。


 若い頃の父が、大勢の漁師たちと肩を組んで笑っている。


「その写真。」


 女将が料理を運びながら言う。


「健一さんも若かった頃ね。」


「父を知ってるんですか。」


「もちろん。」


 女将は懐かしそうに笑った。


「昔は港の仕事もよく手伝ってくれたから。」


「そうなんですか。」


「困った人を見ると放っておけない人だった。」


 春人は少し驚いた。


 父は会社員だった。


 漁師ではない。


「休日になるとね、港のみんなの手伝いをしてたの。」


 知らなかった。


 本当に何も知らなかった。


 自分は父の息子なのに。


◇ ◇ ◇


 食事を終え、会計を済ませようとしたときだった。


「春人君?」


 女性の声。


 振り返る。


 入口に立っていたのは、一人の若い女性だった。


 白いブラウス。


 紺色のパンツ。


 肩まで伸びた黒髪。


 どこか見覚えがある。


「……えっと。」


 女性は少し困ったように笑う。


「覚えてない?」


 その笑顔を見た瞬間、記憶がよみがえった。


「……麗奈?」


「やっと思い出した。」


 佐々木麗奈。


 二十四歳。


 春人の一つ年下。


 幼い頃、毎日のように遊んでいた幼なじみだった。


「久しぶり。」


「本当に。」


 二人はしばらく見つめ合う。


 七年という時間は、お互いを大人に変えていた。


「帰ってきたんだね。」


「昨日。」


「おじさんのこと……。」


「うん。」


 それ以上、言葉はいらなかった。


「私は診療所で看護師をしてるの。」


「そうなんだ。」


「今日は休憩中。」


 昔と変わらない穏やかな笑顔。


 けれど、その目の奥にはどこか疲れた色があった。


「春人。」


「ん?」


「無理しないでね。」


「え?」


「島の人、みんな心配してる。」


「ありがとう。」


「……あと。」


 麗奈は少し言いにくそうに視線を落とした。


「港で、あんまり変なことしないほうがいいよ。」


「変なこと?」


「ベンチの裏とか、防波堤の下とか、一生懸命見てたでしょ?」


「見られてたの?」


「小さい島だから。」


 苦笑する麗奈。


「みんな、『健一さんの息子さん、何を探してるんだろう』って話してた。」


 春人は頭を抱えた。


「もう噂になってるのか……。」


「半日でね。」


 ゲームなら主人公の行動を誰も気にしない。


 しかし現実の島では違う。


 誰かが見ている。


 誰かが話す。


 その話は、あっという間に島中へ広がる。


「気を付けて。」


 麗奈はそう言うと、診療所へ戻るため店を出ていった。


 春人はその後ろ姿を見送りながら、小さくため息をつく。


「現実って、本当に面倒だな。」


 そう呟いたとき、ポケットの中で紙が指先に触れた。


『港へ行け』


 父が残した、その四文字。


 まだ意味は分からない。


 だが一つだけ確かなことがある。


 この港には、父が最後にたどり着いた理由がある。


 そして、その理由を知ろうとすればするほど、自分は島中の注目を集めてしまう。


 春人は静かに空を見上げた。


 夏雲がゆっくりと流れていく。


 その向こうで、まるで誰かが見守っているような気がした。


**──第三話 終**


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