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第5話:二度目の世界と、悪魔の誓い

――ハッ、と目を開けた瞬間、眩いばかりの光が視界を撃ち抜いた。

「ルノアール様? どうなさったのですか、そんなに青いお顔をして……」

耳に飛び込んできたのは、鈴を転がすような、どこまでも透き通った愛らしい声。

ルノアールは荒い息を吐き出しながら、激しく脈打つ自分の胸を押さえた。

手には、冷や汗がじっとりと握られている。

(ここは……どこだ? 私は……私は確かに、あの時計塔から落ちていく彼女の手を……)

混乱する頭を振り上げ、目の前を見た瞬間、ルノアールの息が止まった。

そこにいたのは、最高級のシルクドレスに身を包んだ、十六歳のクリスティーナだった。

波打つ美しい銀髪。吸い込まれそうなエメラルドの瞳。

時計塔の(ふち)から真っ逆さまに落ちていったはずの彼女が、何事もなかったかのように眼前に立っている。

豪華な壁画、バルコニーから差し込む夜風。

――そこは、彼女が十六歳を迎えた誕生夜会の、あのバルコニーだった。

(神よ……時間を、巻き戻してくださったのか……っ!)

ルノアールは全身を震わせ、その場に膝を突いた。

一週目の記憶が、脳裏を暴虐に焼き尽くす。

彼女の服の下にあった無数の傷痕、母親の狂悪な怒声、そして「思い違いだ」と無知に笑った己の愚かさ。

自分が彼女を殺したのだという消し去れない罪悪感が、胸を激しく締め付ける。

「ルノアール様……? お顔色が優れませんわ。どこかお苦しいのですか?」

クリスティーナが心配そうに、そっと手を伸ばしてくる。

1周目の彼女は、このあと勇気を振り絞って虐待の事実を明かし、そして自分に拒絶されるのだ。

「……クリスティーナ」

ルノアールは伸ばされた彼女の手を、壊れものを扱うように両手で優しく、強く包み込んだ。

その手に込められたあまりの熱量と狂気に、クリスティーナは目を丸くする。

「ルノアール様……?」

「言わなくていい。何も話さなくていいんだ、クリスティーナ」

「え……?」

ルノアールは彼女の前に膝をついたまま、真っ直ぐにそのエメラルドの瞳を見つめた。

その赤い瞳には、かつての「世間知らずな王子の余裕」など欠片もなかった。己の罪を背負い、何としてでも目の前の少女を守るという、狂気にも似た苛烈(かれつ)な決意だけが宿っている。

「君のドレスの下にある痛みを、君がどれほどの暗闇の中で一人で耐えてきたかを……私は知っている」

「っ……!? な、なにを……」

クリスティーナの顔から血の気が引き、身体が激しく強張った。

誰にも言っていない。ドレスで完璧に隠し、誰にも悟られないように隠し通してきたはずの地獄を、なぜ目の前の王子が知っているのか。

「すまなかった……! 1周目の私は愚かで、君の必死の救いを求める声を『思い違い』だと笑い捨てた。君を救うどころか、追い詰めて殺してしまった……ッ!」

ルノアールは血が滲むほどに歯を食いしばり、涙を(こぼ)しながら彼女の手を握りしめた。

「だから今度は、絶対に間違えない。君がどれほど自分を責めようと、世界中が君の母を『良き母』と称えようと関係ない。私が君の悪魔になって、君をあの地獄から引きずり出して見せる!」

「ルノアール様……何を言っているのですか……? 1周目って……っ」

混乱し、震えるクリスティーナ。

巻き戻りの記憶を持たない彼女にとって、目の前の王子が語る言葉は理解不能な狂気でしかない。

だが、ルノアールはもう二度と「正論」や「世間の常識」など信じない。

彼は立ち上がると、クリスティーナの肩を抱き寄せ、夜会会場――そしてその奥にいる、彼女を虐げ続けた側妃(そくひ)の方角を睨み据えた。

「今夜、君をグラスフィエルへ連れ去る。国同士の外交問題になろうと、私の地位が剥奪されようと関係ない。……君を、二度とあんな奴らの好きにはさせない!」

救われなかった過去を背負った王子の、なりふり構わない暴走と救出劇が、ここから始まる。

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