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4杯目¦言葉が通じなくても想いは繋がる¦1話完結作品


ドアベルが鳴る。


 カウンターは五席。

 僕は静かに腰を下ろした。

 

 マスターは温かいおしぼりとこの店オリジナルのクリームソーダを無言で差し出す。

 

 このBARカウンターには、とある噂がある。

 嬉しかった話をマスターに聞いてもらい、ドリンクを作ってもらうと、その幸せは長く続くのだという。

 

「ご注文は?」

 

 僕は小さく息を吸った。

 

「……失敗談ですけどね」

 

 少し照れた笑い。

 

「アメリカ旅行から帰ってきたんです。この日のために英会話、ずっと勉強してたんですよ」

 

 空港でも、ホテルでも、レストランでも。  勇気を出して、全部自分で話した。

 

 でも聞き返されて、早口で返されて、知らない単語が続いて。

 

 会話がぱったり止まる。

 

「相手を困らせてしまった気がして」

 

 勉強した分だけ、うまくいかなかったことが悔しかった。

 

 相槌は短い。

 

 ある日のカフェで、子ども連れの父親に声をかけられた。日本人が珍しかったらしい。ぎこちない英語で、会話を始めた。

 

 彼は昔、日本に行ったことがあって。京都の話、コンビニの便利さ、人の親切さを楽しそうに語ってくれた。

 

 僕は嬉しくて、笑ってうなずいた。

 

 でも、ところどころ単語が分からなくて。 きっとこんな話をしてるんだろうなと解釈しつつ胸の奥で焦りながら、ただ頷くしかなかった。

 

「ちゃんと返せてない気がして。申し訳なくて」

 

 勇気を出して、言った。

 

「Sorry, my English is not good.」

 

 お父さんは、にっこり笑って答えた。

 

「I only know a little Japanese. You only know a little English. We are same.」

 

 僕たちは同じだよ、と。

 

 完璧じゃない者同士。心臓に手を当てて、心は通じていると言ってくれている気がした。

 

 子どもたちが手を振ってくれた。


 最後に彼が言った「See you again.」

 

 それは、確かに通じていた。


「その一歩に」

 短い祝辞。

 グラスが、静かに置かれる。


 二層に分かれたカクテルだった。上は淡いブルー、下は柔らかなオレンジ。まだ混ざりきらない色。


 僕は一口飲む。

 甘くて少し酸っぱい。でも、ゆっくりかき混ぜるとちゃんと一つの味になった。

 

「……似てる」

 

 グラスを眺める。

 

「完璧じゃなくたって、通じ合えるんですね」

 

 僕は小さく息を吐いた。

 

「また来ます、これお土産です。いつもありがとうございます」

 

 ドリンクを飲み終え、立ち上がる。

 

 帰宅のドアベルが鳴った。

 

 夜の街は少し冷たい。


 でも、足取りは軽かった。

 

 拙い発音でもいい。


 止まりながらでもいい。

 

 あの日のカフェで、確かに会話は生まれていた。


 また勉強して、旅行へ行こう。


 ――これからも、一歩ずつ。

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