2026年10月3週目。10月2週間の累計売上が20万近くになっていて今カフェ嬢たちに驚かれる
十月第三週の平日。
博之は、相変わらず会社へ行きながら、店のことを少しずつ進めていた。
ある日は仕事帰りに酒屋へ寄り、減っていた芋焼酎を補充した。
獺祭二割三分も一本追加する。
炭酸水、ミネラルウォーター、ウーロン茶。紙ナプキンやゴミ袋も、気づけば少なくなっていた。
「店って、細かいもんがずっと減っていくな」
両手に荷物を抱え、電車へ乗る。
別の日には、会社から帰っただけで力を使い果たし、何もできずに自宅の天井を眺めていた。
小説を書く気力もない。
店へ荷物を運ぶ気力もない。
風呂に入ることすら面倒だった。
「土日だけ元気になる体になってきたな」
そんなことを考えながら、布団の上で一日を終える。
会社員。
小説家。
YouTube配信者。
週末だけの店主。
四つを同時にやっているのだから、疲れない方がおかしかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
週の真ん中、水曜日。
仕事帰りに少しだけ余力が残っていた博之は、いつものコンセプトカフェへ顔を出した。
「おじさん、久しぶり」
「言うても二週間ぶりぐらいやろ」
「最近、店の方ばっかりやん」
「土日は全部そっちやからな」
席へ座ると、店の女の子たちが興味深そうに集まってきた。
「店、どんな感じなん?」
「一日店長やったんでしょう?」
「売上、出てる?」
「質問多いな」
博之はアイスコーヒーを受け取りながら、スマートフォンを開いた。
「一応、全部つけてはいるんですよ。Excelで」
「ちゃんと見てないん?」
「日々は見てるけど、合計はあんまり見てへんな」
「店主として大丈夫?」
「現金が減ってなかったら、とりあえず大丈夫やろ」
「雑やなあ」
博之はクラウドに保存していた売上表を開いた。
十月第一週。
第二週。
昼営業、夜営業、美咲の一日店長。
現金とカードの売上を足していく。
「えーっと……」
「なんぼ?」
「だいたい二週間で二十万円ぐらいやな」
「えっ?」
女の子の一人が、画面をのぞき込んだ。
「二十万?」
「うん」
「土日しかやってないのに?」
「土日しかやってへん」
「めっちゃ売れてるやん」
「単純に倍にしたら、月四十万円ぐらいやな」
「四十五万ぐらいいくんちゃう?」
「今のペースが続けばな」
周囲から、思った以上に大きな反応が返ってきた。
「すごいやん、おじさん」
「前、月十五万とか言うてなかった?」
「九月は三週間しか営業してへんかったし、最初は昼夜合わせても三人、四人ぐらいやったからな」
「急に増えたん?」
「一回、昼も夜も満席になった日があったのと、美咲ちゃんの一日店長があったから」
獺祭が二本出た。
チップも入った。
通常営業でも、カレーだけでなくビールや焼酎が出るようになった。
客が長く滞在するため、チャージも積み上がる。
「あと、俺と飲むのが楽しい言うて、獺祭入れてくれた人もおったしな」
「それ、おじさん売れてるやん」
「いや、まだ油断できへんで」
「またそれ言うてる」
「ほんまに油断できへんねん」
開店して二か月目。
珍しさで来ている客もいる。
美咲の一日店長も、初回の御祝儀が含まれている。
獺祭が毎週二本出るわけではない。
「今月四十万円いったからいうて、来月も四十万円いくとは限らんからな」
「でも、その油断できへんって言いながら、このペースで続けたら何とかなるんちゃいます?」
「それは、ちょっと思い始めてる」
博之は正直に答えた。
当初は、月十五万円ほど売れればよいと思っていた。
経費を払い、自分へ五万円残れば十分。
それが、二週間で二十万円である。
月四十万円なら、経費と人件費を引いても、店へある程度の資金を残せる可能性がある。
「それだけ売れるんやったら、もう一週間丸ごと借りたらええやん」
女の子の一人が言った。
「家賃六万円なんでしょう?」
「そうやけど、まだ早い」
「なんで?」
「俺が仕事辞めて、毎日店立つには早すぎるから」
「仕事辞める必要はないやん」
「平日の店を誰が回すねんって話になる」
土日は博之が立てる。
だが、平日の昼は会社がある。
平日の夜も、体調次第では店へ行けない。
「まず土日をちゃんと埋めること」
「それから、平日の夜に立てる子を育てなあかん」
「求人出したら?」
「それを考えてるんやけど、まだ早いかなとも思ってる」
店長が、少し離れたところから会話へ加わった。
「おじさんがまだ回せてるんやったら、最初はおじさんがやった方がええんちゃう?」
「そうですよね」
「でも、育てる準備は必要やと思う」
「そこなんですよ」
半年後に一週間契約へ切り替えるなら、その時点で人を探し始めても遅い。
一人で店を回せるまで、何度か博之の横で営業を経験してもらう必要がある。
「求人って、どこに出すん?」
「それが分からん」
「コンカフェならカフェルンとかあるけど」
「この店、コンカフェちゃうやろ」
「スナック求人?」
「スナックに近いんかな」
時給は千三百円。
高くはない。
その代わり、チップは全額。
抜き物は粗利益の六割。
自分で客を呼べるなら、一晩で一万円から二万円ほど稼げる可能性もある。
「求人に、時給千三百円、抜き物歩合あり、チップ全額って書くん?」
「そんな感じになるんかな」
「でも、普通の求人見て来た子に、自分で客呼んでって言うのは難しくない?」
「そうやねん」
カウンターに立って、注文を待つだけの仕事ではない。
自分で客を呼ぶ。
会話を続ける。
金を管理する。
店を開け、最後は片付けて閉める。
そこまでできる人を探していた。
「一日店長募集って形の方がええかもしれませんね」
「自分の客を二、三人呼べる人限定とか?」
「それなら話は早い」
「でも、書き方間違えたら怪しい店に見えるで」
「ただでさえ古いビルの三階やからな」
全員で笑った。
「求人サイトって、中間手数料も取られるんでしょう?」
「掲載料のところもあるし、採用で金かかるところもあるんちゃう?」
「全然仕組み分からん」
「まず知り合いから探した方がええんちゃう?」
「俺もそう思ってる」
ララ。
美咲。
今のところ、手を挙げているのは以前から付き合いのある女性だった。
知り合いなら、性格もある程度分かる。
客との接し方も想像できる。
「まず、一日店長してくれる人を少しずつ増やす」
「その中で、平日も入れそうな人がおればお願いする」
「それが現実的ですかね」
「SNSで募集したら?」
「それは会社に見つかった時が怖いんよ」
博之のYouTubeを、会社の人間が見ている可能性はある。
店をやっていること自体も、どこまで知られているか分からない。
大々的に、
『女性店員募集』
と出せば、余計な勘ぐりを受けるかもしれない。
「会社員しながらやるの、面倒やな」
「ほんまそれ」
店長がうなずいた。
「求人のことは、十月一か月回してからでもええんちゃいます?」
「やっぱりそうですかね」
「今は数字が一回よかっただけやろ?」
「そうですね」
「求人のことは頭の横に置いといて、まず土日をちゃんと回す」
「一日店長も、あと何回か試す」
「その方がええと思う」
博之も納得した。
二週間で二十万円。
予想していたより、はるかによい数字だった。
だからこそ、浮かれて固定費を増やしてはいけない。
人を雇い、平日を開け、売上が出なければ、一気に負担が増える。
「まさか二か月目で、こんなちゃんと売上立つとは思ってへんかったわ」
「おじさんの需要があったんでしょう」
「俺の需要なんかな」
「あるんちゃう?」
「弱者男性が集まれる場所の需要かもしれん」
「それも、おじさんが作った需要でしょう」
「あるいは、茨木でやったのがたまたま当たったんかな」
「梅田まで行くのだるいおじさん、多そうやもん」
「それはある」
何が当たったのかは、まだ分からない。
博之自身。
六席の狭さ。
茨木という場所。
カレー。
酒。
客同士がだらだら話せる空気。
それらが偶然、うまく組み合わさっているのかもしれない。
「まあ、コツコツVlog上げながらやっていきますわ」
「それがええんちゃいます?」
「急に店舗増やしますとか言わん方がええ?」
「絶対やめた方がいい」
「二号店構想は?」
「一号店を半年続けてから言ってください」
女の子たちに笑われながら、博之はアイスコーヒーを飲んだ。
二週間で二十万円。
大成功とは言えない。
だが、失敗とも言えなかった。
むしろ、自分が思っていた以上に、この小さな店を必要としている人がいる。
それだけは、少しずつ確かになっていた。
「ほな、今週もカレー五食作るか」
博之はそう言って、スマートフォンの売上表を閉じた。




