2026年10月3週目。通常営業がジワリと回る。日曜日の晩、2人だけの相談時間を2枠設けてダラダラ営業。
十月第三週。
博之は、仕事帰りに少しずつ店の備品を買い足していた。
減ってきた芋焼酎。
麦焼酎。
炭酸水。
ミネラルウォーター。
ウーロン茶。
氷や紙ナプキン、ゴミ袋も補充する。
「売上が増えたら、減るもんも増えるな」
酒屋とスーパーの袋を両手に持ちながら、博之は一人でつぶやいた。
十月は、二週間でおよそ二十万円を売り上げていた。
単純に倍にすれば、月四十万円。
九月の売上を大きく上回る可能性がある。
だが、その数字を見て気を緩めるつもりはなかった。
美咲の一日店長。
初めて昼と夜の両方が満席になった土曜日。
獺祭二割三分が出た日。
そうした少し特別な営業が重なった結果でもある。
「今週も同じように来るとは限らんからな」
博之がやることは、いつもと変わらない。
週末に向けて酒をそろえる。
五食分のカレーを仕込む。
店を掃除する。
来てくれた人と話す。
それを一日ずつ、丁寧に続けるだけだった。
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土曜日の昼。
午前十一時に店を開けたものの、先週のように一気に席が埋まることはなかった。
一人目が来て、カレーとコーヒーを注文する。
しばらくして二人目。
さらに時間をずらして、三人目と四人目が顔を出した。
「今日は満席まではいかんかったですね」
客の一人が言った。
「先週が良すぎたんですよ」
博之はカレーを出しながら答えた。
「それでも四人来てくれたら、十分ありがたいです」
「最近、四人ぐらいで安定してますね」
「そう思った瞬間に、来週一人になるかもしれんから」
「相変わらず慎重やなあ」
「商売は怖いんですよ」
満席ではない。
だが、静かすぎるわけでもない。
四人の客がカレーを食べ、コーヒーを飲み、最近の仕事や配信、小説の話をする。
誰かが話し終われば、別の誰かが自分の話を始める。
博之もカウンター越しに加わり、時々、芋焼酎の話へ無理やり持っていった。
「また芋焼酎増えてません?」
「減った分を買い足しただけです」
「銘柄も増えてるやん」
「普及活動ですから」
先週の日曜日と同じような、特別なことのない昼だった。
博之には、それがちょうどよかった。
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土曜日の夜も、四人ほどが店を訪れた。
全員が同時に来たわけではない。
早い時間に来た客が二時間ほど残り、そこへ別の客が加わる。
入れ替わりながらも、カウンターには常に三人か四人が座っていた。
ビール。
芋焼酎のソーダ割り。
麦焼酎の水割り。
夜のカレー。
注文は派手ではなかったが、客が長くいてくれた分、延長料金が少しずつ積み上がった。
「おじさん、今日もよう喋ってますね」
「喋る以外に売るもんがないですから」
「カレーあるやん」
「カレーは入口です。商品はおじさんです」
「自分で言うなあ」
笑いながら、一人の客が会計の時に小さなチップを置いてくれた。
「頑張って喋ってた分」
「ありがとうございます。おじさんの喉代として使います」
「また焼酎買うんでしょう」
「俺の喉を潰す気ですか」
満席にはならなかった。
獺祭も出なかった。
それでも、通常の酒とカレー、延長料金、少しのチップが入った。
「こういう日が続くのが、一番ええんかもしれんな」
最後の客を見送りながら、博之はそう思った。
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日曜日。
昼営業を終えたあと、博之は一度店を片付けた。
その日の夜は、通常営業をする予定ではなかった。
だが、数日前に一人の客から連絡が来ていた。
『少し相談したいことがあります』
『日曜日の夜、二時間ぐらい話を聞いてもらえませんか』
博之は、午後五時から七時まで店を開けることにした。
ただ、一人のためだけにカレーを一鍋作るのは効率が悪い。
そこで、条件を少し変えた。
『カレーはなしで、相談と酒だけにします』
『一人のために店を開ける形なので、代わりにチップをいただけるとありがたいです』
『瓶ビール以外なら、芋焼酎、麦焼酎、ソーダ割り、水割りは時間内なら好きなだけ出します』
この話を配信で軽くすると、別の客が反応した。
『そんな飲めるなら、僕も行こうかな』
『最近寝つき悪いんで、飲んで気持ちよく寝たいです』
「睡眠薬代わりに店使うなよ」
博之は笑いながらも、もう一人の予約を受けた。
最初の客が午後五時から七時。
次の客が午後七時から九時。
一人二時間ずつ。
合計四時間の、一対一に近い相談営業になった。
客同士が重なる可能性は伝えたが、それぞれ、多少なら構わないと言ってくれた。
午後五時。
最初の客が店へやって来た。
「今日はありがとうございます」
「いえいえ。何飲みます?」
「芋焼酎のソーダ割りで」
「瓶ビール以外は、今日はだいたい飲み放題です」
「ほんまにええんですか?」
「その代わり、気持ちよくチップください」
「そこは分かってます」
二人しかいない店内で、客はゆっくりと話し始めた。
仕事のこと。
家族のこと。
最近、人と話す機会が減っていること。
誰かに答えを出してほしいわけではない。
ただ、途中で遮られずに聞いてほしい。
博之は焼酎を作りながら、時々相づちを打った。
自分の経験も少し話した。
深刻になりすぎれば冗談を入れた。
「相談乗る言うても、俺は専門家ちゃいますからね」
「それでいいんです」
「答え出せへんで」
「聞いてもらえるだけで、だいぶ違います」
二時間は、思ったより早く過ぎた。
午後七時前になると、次の客が階段を上がってきた。
「こんばんは」
「ちょうど交代時間ですね」
最初の客と少しだけ言葉を交わし、二人目が席へ座る。
「ほんまに焼酎、好きなだけ飲めるんですか?」
「俺が止めるまでは」
「止めることあるんや」
「潰れられたら困るからな」
二人目は、深刻な相談というより、最近感じている孤独や、仕事への疲れを笑いながら話した。
「別に死ぬほど悩んでるわけじゃないんですよ」
「そこまで行く前に来る方がええんちゃいます?」
「家で一人で飲んでると、余計なこと考えるんで」
「ここで俺と飲んで、余計なこと喋って帰ると」
「その方が寝られそうです」
芋焼酎を二杯。
麦焼酎を一杯。
最後は薄めのソーダ割り。
博之も少しだけグラスを傾けながら、四時間の営業を終えた。
客はそれぞれ、決めた金額以上のチップを置いて帰った。
カレーは作っていない。
瓶ビールも出ていない。
原価は焼酎と炭酸水、氷だけ。
「こういう開け方もあるんやな」
博之は一人になった店で、グラスを洗った。
満席にならなくてもいい。
五人を集めなくてもいい。
一人と二時間、ゆっくり話す。
それを二回続ける。
日曜日の予約営業としては、それでも十分に形になった。
二週間で二十万円売れたからといって、毎週大きく売る必要はない。
四人でだらだら過ごす昼。
延長してもらう夜。
二人の話を順番に聞く予約営業。
店には、それぞれ違う回し方があった。
「今週も、なんとか終わったな」
博之は営業中の札を裏返した。
派手な出来事は何もなかった。
それでも店は開き、客が来て、酒を飲み、少し気持ちを軽くして帰った。
十月第三週も、メンヘラおじさんの隠れ家は、静かに積み上がっていた。




