↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/47

2026年10月1週目。日曜日。この店、土日だけやと半年後にしめなあかんwww任せられる人育てな

 十月第一週の日曜日。

 前日の夜営業は、結局十一時までは続かなかった。

 最近は、だいたい十時頃になると客も帰り始める。

 博之も無理に引き延ばさず、最後の一人を見送ったところで店を閉めた。

 もっと遅くまで開ければ、追加で一杯ぐらい売れるかもしれない。

 だが、翌日も昼営業がある。

 客のいない店で深夜まで待ち続けるほど、今の博之には体力も執念もなかった。

「十時ぐらいがちょうどええんやろな」

 翌朝、博之はカレーを仕込みながら一人でつぶやいた。

 玉ねぎを切り、肉を用意する。

 炊飯器に米を入れ、冷蔵庫の飲み物を補充する。

 作業をしながら考えていたのは、十月第四日曜日に予定しているララの一日店長だった。

「カード、使えるようにしとかなあかんかな」

 通常の営業なら、客単価はそれほど高くない。

 カレーと飲み物。

 夜でも、セット料金と焼酎を数杯。

 現金で十分だった。

 だが、ララの一日店長では、獺祭二割三分やカフェ・ド・パリを注文する客がいるかもしれない。

 一人で一万円を超える可能性もある。

 そうなれば、現金だけでは不便だった。

「エアレジ、入れるか」

 決済端末を用意し、カードや電子決済に対応する。

 客にとっては便利になる。

 ただし、売上がすぐに現金で入るわけではない。

 入金までに時間がかかる。

 手数料も取られる。

「ほんまは、ニコニコ現金払いが一番ええねんけどな」

 博之は鍋をかき混ぜながら、ぶつぶつ言った。

「八千円とか一万円超えて、現金だけです言うのも難しいしな」

 カード売上の入金が少し遅れても、博之自身には会社からの給料がある。

 仕入れ代を一時的に立て替えるぐらいなら、何とかできる。

 店の現金がきちんと回っていれば、大きな問題にはならない。

「まあ、必要経費やな」

 そう自分に言い聞かせながら準備を進め、十一時を迎えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 開店して間もなく、階段を上がってくる足音がした。

「こんにちは」

「どうも。前も来てくれましたよね」

「また来ました」

「ありがたいですわ」

 昨日とは違う客だったが、一度店へ来たことのある人だった。

 少しして、もう一人も入ってきた。

 こちらも顔を知っている。

 二人ともカレーとコーヒーを注文した。

 博之はカレーをよそい、福神漬けを添え、順番にカウンターへ出した。

「今日は車ですか?」

「いや、電車です」

「自転車でもない?」

「歩きです」

「ほな、芋焼酎のソーダ割り、一杯だけサービスしますわ」

「またサービスするんですか」

「最近の通例になってきました」

 博之は小さめのグラスに氷を入れ、芋焼酎を少しだけ注いだ。

 ソーダで割り、客の前へ置く。

「昼から飲むん、ええですね」

「車とか自転車やったら出せませんけどね」

「ちゃんと確認してるんや」

「そこは店主として最低限です」

「その割に、サービスは適当ですね」

「気分でやってますから」

 博之は笑った。

 自分が店主でよかったと思うのは、こういう時だった。

 会社であれば、何か一つサービスするにも、ルールや承認が必要になる。

 だが、ここでは違う。

 目の前の客と話していて、今一杯出したいと思えば出せる。

 もちろん、やりすぎれば利益がなくなる。

 だが、その加減も自分で決められる。

「この気楽さは、ええな」

「何がです?」

「俺が出したいと思ったら、焼酎出せるところ」

「店潰さん程度にしてくださいよ」

「そこは考えてます」

 二人と話しているうちに、また一人が来た。

 さらに時間をずらして、もう一人。

 結局、昼営業には四人の客が集まった。

 同時に満席になるわけではない。

 それでも、誰かが帰る頃に別の誰かが入ってくる。

「なんとなく、四人ぐらいは読めるようになってきましたね」

 博之が言うと、客の一人が笑った。

「固定客ついてきたんちゃいます?」

「そう思いたいけど、油断したらあかん」

「慎重ですね」

「来週、一人しか来ん可能性もあるからな」

 三人、四人来ることが当たり前だと思った瞬間に、店の数字を見誤る。

 博之は自分へ言い聞かせるように、空いた皿を片付けた。

「Googleの口コミも、ちょっと増えてきましたね」

「おじさんが配信でめっちゃ言うからでしょう」

「言わんと増えへんから」

「隠れ家やのに、宣伝するんですね」

「半年限りで終わったら困るからな」

 今の契約は土日だけ。

 半年後も店を続けるなら、一週間丸ごと借りる必要がある。

 そうなれば、平日をどうするか決めなければならない。

「女の子でも男の子でも、誰か雇わなあかんかなとは思ってます」

「でも、おじさんの好みで女の子にするんでしょう」

「たぶん、そうなる」

「即答やん」

「かわいい子おったら紹介してくださいよ」

「紹介したら、俺らにもちゃんと会わせてくださいよ」

「なんでやねん」

「おじさんだけ独り占めしたらあかんでしょう」

 店内に笑いが広がった。

 博之はコーヒーを淹れながら、首を振った。

「おじさんはね、昔に比べたら、そういう欲が減ってきてるんですよ」

「ほんまですか?」

「残念ながら、喋るだけで結構満足する」

「四十超えたから?」

「それもあるな」

 女性と話し、笑ってもらい、数時間一緒に過ごす。

 それだけでも、今の博之には十分に満たされる部分があった。

 それに、店主としては風紀を乱したくない。

「別に、客と店員が付き合うのはええと思いますよ」

「ええんや」

「大人同士やからな。ただ、揉め事だけは持ち込まんといてほしい」

「店員を取り合うとか?」

「そういうの。誰が一番金使ったとか、誰と付き合ってるとか」

 六席しかない店で人間関係がこじれれば、すぐに空気が悪くなる。

 一人の揉め事が、店全体へ広がる。

「かわいがるなら、揉めん程度にかわいがってくださいって話です」

「難しい注文ですね」

「店としては大事なんですよ」

 若い女性だけに限定するつもりもなかった。

 たとえば、子育て中の母親。

 梅田まで働きに出るのは難しいが、家の近所で半日だけなら働ける。

 友人やママ友を呼び、昼に小さなランチ会を開ける。

「そういう若いママさんが、一日店長したいって言うなら、それもありやと思うんです」

「ママ友連れてきてもらう感じ?」

「そう。箱貸しみたいに丸投げするんじゃなくて、うちの従業員として、ちょっとずつやってもらう」

「店のルールはおじさんが決める?」

「そこはそうです」

 場所だけを貸して、後は自由にしてもらうつもりはなかった。

 それでは、何をされるか分からない。

 近所から苦情が来るかもしれない。

 料金を勝手に変えられるかもしれない。

 店の名前を使って、博之の知らない商売を始められる可能性もある。

「一番大事なんは、金を持ち逃げせんことやな」

「急に生々しいですね」

「商売やからな」

「そこ疑わなあかんの、しんどいな」

「あと、不義理をせんこと」

 連絡なしで店を休む。

 客と個人的に揉める。

 店の備品を持ち帰る。

 売上を少なく申告する。

 そういう悪意のある人間を、最初の段階でどこまで排除できるか。

 それが、博之の役割になる。

「一人で店回せるぐらい責任感があって、人当たりもよくて、自分で客も呼べる人」

「だいぶ条件厳しくないですか」

「しかも俺と相性がいい人」

「嫁探しより難しいですよ」

「嫁探ししてへんから」

「してるみたいな条件ですやん」

 また笑いが起きた。

 実際、そんな人が簡単に手を挙げるとは思っていなかった。

 平日の隙間時間に働きたい。

 梅田まで出るのは難しい。

 だが、自分の知り合いと小さな店をやってみたい。

 そんな人が一人でも見つかればよい。

「すぐには来んでしょうね」

「募集出すんです?」

「出すとしても、もうちょっと先です」

 まずはララの一日店長。

 そこで、自分以外の人が店に立つとどうなるかを見る。

 客との距離。

 会計。

 酒の出し方。

 店内の空気。

 問題が起きないか。

 その結果を見てからでも遅くはなかった。

「結局、悪意ある人を、俺がどこまで見抜けるかやな」

「おじさん、人を見る目あるんですか?」

「ないから破産してんねん」

「そこ自分で言うんや」

「せやから慎重にするんです」

 笑いながら話しているうちに、昼営業の終わりが近づいた。

 カレーは四食出た。

 コーヒーも出た。

 サービスの芋焼酎も二杯。

 売上だけなら、大きな一日ではない。

 それでも、四人の客が来て、長い時間話してくれた。

 Googleの口コミも少しずつ増えている。

 半年後の店を考える材料も、少しずつ集まり始めていた。

「まあ、今は土日をちゃんとやるだけですね」

「またそこに戻るんですか」

「結局、それしかないからな」

 店を任せられる人を探す。

 カードを使えるようにする。

 平日営業の形を考える。

 課題はいくつもあった。

 だが、今日できるのは、目の前の客へカレーを出し、コーヒーを淹れ、話を聞くことだけだった。

 昼14時半。

 最後の客を見送ると、博之は営業中の札を裏返した。

 十月最初の日曜日も、大きな事件はなく終わった。

 それが今の店にとっては、一番ありがたいことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。