↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/47

2026年10月1週目土曜日昼。昼営業で4人来てくれたwww。ダラダラ話が膨らむ。店を回せる人募集中。

 十月最初の土曜日。

 昼の営業開始を告げる札を出した直後、階段を上がってくる足音が聞こえた。

「こんにちは」

「あ、どうも。前も来てくれましたよね」

 入ってきたのは、一度店へ来たことのある客だった。

 博之は、少しうれしくなった。

 開店直後に来てくれるだけでもありがたい。

 それが初めての客ではなく、もう一度来てくれた客なら、なおさらだった。

「また来てくれて、ありがとうございます」

「いや、なんかこの店、隠れてる感じがいいんですよ」

「隠れ家っていうより、単に場所が悪いだけですけどね」

「でも、おじさん、話題が尽きないのがすごいっすわ」

「めっちゃ持ち上げてくれますやん」

 博之は笑った。

「そんなこと言われたら、ドリンクぐらいサービスせなあかんな」

「え、いいんですか」

「コーヒーかお茶、どっちにします?」

「じゃあコーヒーで」

「まずそれ飲んでもらって、そっからダラダラ喋りましょうか」

 客は席へ座り、出されたコーヒーを受け取った。

「こういう気前のいい感じも、店の良さですよね」

「気前がええんちゃうんですよ。いい加減なんです」

「同じじゃないですか」

「全然違います。客に喜んでもらおうというより、俺が楽しいのが先に来てますから」

「商売として大丈夫なんですか」

「今のところ、十五万円売れてますから」

「急に現実的な数字出してくるやん」

 二人で笑った。

 そこから三十分ほど、仕事の話、小説の話、配信の話をだらだらと続けた。

 博之は、こういう時間が好きだった。

 注文を急かさない。

 席を早く空けてもらおうとも思わない。

 客が何かを話し、博之がそれに返し、そこから全く別の話へ飛んでいく。

 気がつけば、一つの話題が終わる前に、次の話が始まっていた。

 そうしているうちに、また階段を上がる音がした。

「こんにちは」

「どうも。空いてますよ」

 もう一人。

 それから少しして、さらに一人。

 昼営業の店内には、博之を含めて五人が集まった。

 六席しかない店なので、それだけで十分に賑やかだった。

 カレーを食べる者。

 コーヒーを飲む者。

 せんべいをつまむ者。

 昼から酒を頼む者もいた。

「せっかくなんで、昼から飲もうかな」

「ええですよ。芋焼酎あります」

「何入ってるんですか」

「今、松露酒造のちょっとええやつ入ってます」

「おじさん、芋焼酎好きですね」

「もう芋焼酎普及する会なんで、僕」

「会員、一人でしょう」

「今日から四人に増やします」

 博之は五百円で芋焼酎のソーダ割りを作った。

 氷を入れ、焼酎を注ぎ、炭酸水で割る。

「昼から飲む芋焼酎って、背徳感ありますね」

「土曜日やからええんです」

「おじさんは飲まないんですか」

「俺は店終わってから考えます」

「絶対飲むやん」

 店内に笑い声が広がった。

 四人の客は、全員が同じ時間に来たわけではない。

 それでも、誰かが話し始めると、自然と他の客も会話に加わった。

 配信を見ている者。

 小説を読んでいる者。

 動画だけ見て、小説までは読んでいない者。

 関わり方はそれぞれだった。

「配信見ましたよ」

「ありがとうございます」

「先々、女の子を入れたりすることも考えてるんですね」

「ああ、一応ですね」

 博之は、十月第四日曜日の話をした。

「知り合いの元キャバ嬢に、日曜の晩だけ一日店長やってもらうことは決めてます」

「元ナンバーワンですか」

「元ナンバー六です」

「急に現実的ですね」

「本人に盛るなって言われたんで」

 付き合いは五年ほどある。

 店のことも、博之の性格もある程度分かっている。

 初回は博之も横にいて、料理や会計を手伝う予定だった。

「それでうまくいったら、平日も誰か入れる感じですか」

「そこは、まだ全然決めてないですね」

 今の契約は土日だけ。

 期間は半年。

 もし半年後に店を一週間丸ごと借りるなら、平日の使い方を考えなければならない。

「俺が平日も全部立つのは無理です」

「会社ありますもんね」

「会社もあるし、小説もあるし、体調もある」

「夜だけならいけるんちゃいます?」

「夜に立てる日もあると思います。でも毎日は無理」

「じゃあバイト募集ですか」

「そうなるかもしれん」

 博之はカウンターへ肘をついた。

「土日のどっちかで、カレーの作り方とか店の回し方を覚えてもらって、一人で回せる子」

「若くてかわいい子?」

「それはおじさんの好みも、めっちゃ入ります」

「入るんや」

「面接するからな」

「完全に自分の好みやん」

「いやいや、でも一番大事なのは客を呼べることです」

 店に立てるだけでは足りない。

 客を待つだけでは、この立地では売上にならない。

 自分の知り合いを二人、三人連れてこられる。

 あるいは、友人やママ友が会いに来る。

 発信力がある必要まではないが、自分の周囲に人がいることは重要だった。

「なんなら奥さんでもええんですよ」

「奥さん?」

「ママ友を呼べる人。昼にここでランチ会したいとか」

「それなら昼営業できますね」

「五席埋めてくれるなら、時給千三百円払っても、店を動かす意味はあるんです」

 ただし、昼は単価が低い。

 カレー八百円。

 飲み物を付けても千円。

 五人来ても、売上は五千円程度だった。

 時給を払い、食材費を引けば、ほとんど残らない。

「それ、やらん方がええんちゃいます?」

「俺も、今ちょっとそう思いました」

「考えながら喋ってるんですね」

「全部おぼろげです」

 夜なら、一時間三千円。

 三人が二時間いれば、一万八千円になる。

 抜き物が入れば、さらに売上が増える。

「夜はやる意味あると思うんですよ」

「昼は?」

「昼は、チャージ取るかどうかですね」

「ママ友ランチでチャージ取ったら嫌がられません?」

「嫌がられる気もする」

「じゃあ無理やん」

「でも、場所貸しみたいにしたらいけるかもしれんし」

「また別の商売になってますよ」

「そうやねん。難しいのよ」

 店を空けておくより、誰かに使ってもらう方がよい。

 だが、動かせば必ず利益が出るわけではない。

 時給を払う。

 材料を用意する。

 光熱費がかかる。

 トラブルが起きれば、最終的には博之が対応する。

「結局、昼は稼働できるかどうか」

「夜はちゃんと売上が立つかどうか」

「そこを分けて考えなあかんと思ってます」

「一日店長を何人か集めるとかは?」

「それはありかもしれん」

 一日だけ。

 半日だけ。

 月に一回だけ。

 そういうゆるい働き方なら、興味を持つ人がいるかもしれない。

「個人事業主の集まりみたいにしたいんですよ」

「店員というより、各自が自分の客を呼ぶ感じ?」

「そう。俺が全部面倒見るんじゃなくて、自分の小さい商売をここで試す」

「おじさん、場所作りたいんですね」

「そうなんかな」

 博之は少し考えた。

 最初は、自分が週末に遊べる場所が欲しかった。

 客と話せる場所。

 小説や配信の視聴者が、実際に会いに来られる場所。

 だが、店を一か月回しているうちに、別の人が一日だけ自分の店を試せる

 場所にもなるかもしれないと思い始めていた。

「でも、まずは土日です」

「結局そこに戻るんですね」

「今年いっぱいは、ゆっくりやります」

「ララさんのイベントもあるし」

「それがどうなるか見てからです」

 芋焼酎のソーダ割りを飲んでいた客が、グラスを置いた。

「難しいですけど、面白そうですね」

「面白いかどうかは分からんけど、考えることは増えました」

「会社の仕事より楽しそう」

「それは否定できへんな」

 気づけば、昼の終了時間が近づいていた。

 カレーは五食のうち四食出た。

 一食だけ残った。

 客は四人。

 酒も一杯出た。

 数字だけなら、いつもの土曜日だった。

 だが、カウンターの向こうでは、店の半年後について何人もの客が勝手に意見を出していた。

 若い女の子がいい。

 ママ友営業もあり。

 昼は儲からない。

 夜ならいける。

 一日店長を集めたらいい。

 どれが正しいかは、まだ分からなかった。

「そろそろ昼終わりますよ」

「もうそんな時間ですか」

「ダラダラしすぎましたね」

「それがこの店やろ」

 最初に来た客が笑った。

 博之も笑いながら、空いた皿を下げた。

 十月最初の土曜日。

 大きな答えは出なかった。

 それでも、四人で酒を飲み、カレーを食べ、半年後の店について話した。

 今の博之には、それで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。