2026年10月1週目。こそっと広めてください。グーグルレビューのお願いと半年後の話。
十月の第一週。
博之は、いつものようにYouTubeの配信を始めた。
「どうも、メンヘラオジサンです」
画面の向こうには、いつもの視聴者が集まり始めていた。
店を始めてからというもの、配信の話題も少しずつ変わっていた。
以前なら、会社の愚痴や小説の進捗、世の中のニュースについて話すことが多かった。
今はそこに、六席の店の話が加わっている。
「今日は、ちょっとお願いがあります」
『何ですか』
『またカレー買えって話?』
「カレーは五食しかないから、無理に来てもらったら困る」
博之は笑ってから、本題に入った。
「Googleの口コミ、書ける人は書いてもらえたらありがたいです」
『ついに宣伝し始めた』
『隠れ家ちゃうんかい』
「隠れ家ではあるんですよ」
「ただ、隠れ家やからいうて、誰にも見つからんかったら、それはただの空き部屋やからな」
コメント欄に笑いが流れた。
この一か月、店には毎回三人から四人ほど来てくれた。
昼のカレーを食べに来る人。
夜に酒を飲みに来る人。
YouTubeを見ていた人。
小説の読者。
誰か一人が二時間ほど話し、帰る頃にまた別の人が階段を上がってくる。
満席になることは少なかった。
だが、誰もいない時間もほとんどなかった。
「ありがたいことに、皆さん長くいてくれるんですよ」
「一時間のつもりで来て、二時間、三時間いてくれたり」
「ちょっとした相談を聞いたり、逆に俺が話を聞いてもらったり」
「秘密基地みたいな感じで、ゆっくりやらせてもらってます」
『おじさんが一番楽しんでるやん』
「まあ、それはそうやな」
博之は否定しなかった。
この店は、忙しく回すための場所ではなかった。
六席が何度も入れ替わるような店にしたいわけでもない。
三人か四人が、だらだらと話す。
沈黙があっても気まずくない。
酒を飲みながら、小説や仕事や人生の話をする。
その時間こそが、この店の商品だった。
「ただな」
博之は少し声を落とした。
「今が四人やとして、それが二人になっていくのは、正直ちょっと怖いんですよ」
珍しさで来てくれた人もいる。
開店したから、一度は見ておこうと思った人もいる。
一か月目はそれでよかった。
だが、二か月目、三か月目も同じように続くとは限らない。
「満席になってほしいわけちゃうんです」
「毎週、三人か四人ぐらい来てくれたら十分」
「でも、その三人か四人を安定させるためには、少しずつ知ってもらわなあかんかなと思って」
『Google口コミで野良客来るぞ』
『変な人増えへん?』
「そこは怖い」
博之はすぐにうなずいた。
「今のところ、来てくれるのは俺の動画とか小説を見てる人が中心なんで、
ありがたいことに嫌な客がいないんですよ」
「ただ、Googleに載せたら、俺を知らん人も見る」
「それは良い面もあるし、怖い面もある」
だから、大々的に宣伝するつもりはなかった。
星五を付けてほしいとも言わない。
行っていない人に書いてもらうつもりもない。
実際に来た人が、
「三階にある六席の小さな店でした」
「カレーを食べながら、店主とゆっくり話せました」
「一人でも入りやすかったです」
と、ありのままを書いてくれればよい。
「ほんまに、こそっとでええんです」
「行った人が、こんな店でしたよって書いてくれたら」
「それを見て、俺を知らん人が一人ぐらい来てくれたら十分なんで」
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配信では、半年後の話にも触れた。
今の契約は、土曜日と日曜日だけ。
期間は半年。
次の借り手が決まれば、その時点で退去しなければならない。
もし半年続けて、店として形になっていれば、一週間丸ごと借りることも考える。
「一週間借りたら、家賃は六万円になるんですよ」
「今は土日だけで三万円」
「倍になるけど、平日も使えるようになる」
『平日もおじさんが立つの?』
「無理や」
博之は即答した。
「会社もあるし、小説もあるし、土日だけでもまあまあ疲れてる」
「平日まで全部自分で立ったら、確実に潰れる」
だから、もし一週間借りるなら、平日のどこかを誰かに任せる形になる。
「自分も秘密基地みたいな店をやってみたい」
「スナックみたいに、一人で立ってみたい」
「一日だけゲストでやってみたい」
そういう人がいれば、店員として入ってもらう。
もちろん、誰でもよいわけではない。
客を呼べること。
酒を出せること。
客との距離を間違えないこと。
そして、博之が信頼できること。
「今のところ、知り合いの女性が多いかなとは思ってます」
「バーとかスナックっぽい形になるやろうから」
「男性でも、発信してる人とか、ちょっと一日やりたい人なら全然ありですけどね」
『女の子三人ぐらい並べるん?』
「そんな店ちゃうから」
「六席しかないんやで」
「三人も四人も店員立たせたら、客が座られへん」
コメント欄がまた笑いで埋まった。
「一人で回す店です」
「その人に会いに来る客が二人、三人いて」
「そこに俺の視聴者が一人混ざるとか」
「そんなんでええと思ってます」
博之一人だけが店の顔であり続ければ、客も話題も限界が来る。
だが、ララのように別の人が一日だけ店に立てば、その人に会いたい客が来る。
店にも新しい空気が入る。
博之自身も休める。
「俺が全部集客するんじゃなくて、その人に会いに来る客もおるやろうし」
「お互い得する形ができたらええなと思ってます」
『もう箱貸し業やん』
「箱貸しだけやと怖いから、ちゃんと雇う形にする」
「時給払って、売上に応じて歩合も付ける」
「そこは揉めんようにする」
まだ、ララとの一日イベントすら実施していない。
平日営業など、さらに先の話だった。
それでも、店を一か月続けたことで、ぼんやりと次の形が見え始めていた。
「どこまで行くかは分からんですよ」
「半年で終わるかもしれんし」
「逆に、半年後に一週間借りるかもしれん」
「でも、少なくとも今は、続けてみたいと思ってます」
以前の博之なら、先の計画を大きく作りすぎていた。
売上を何倍にする。
二号店を出す。
人を何人雇う。
そういう数字を並べ、始める前に疲れていた。
今は違う。
まず、次の土曜日。
カレーを五食作る。
三人か四人来てもらう。
一人一人と話す。
その積み重ねの先に、半年後がある。
「というわけで、来たことある人は、無理のない範囲で口コミお願いします」
「星の数は任せます」
「ただ、カレーまずかったとは書かんといてください」
『そこは正直に書きます』
「やめろ」
配信を終えたあと、博之はGoogleの店情報を開いた。
まだ、口コミはほとんどなかった。
六席の小さな店。
築五十年の雑居ビル。
三階の突き当たり。
看板も目立たない。
そんな場所を、誰かがわざわざ探して上がってくる。
それだけで十分だと思っていた。
だが、続けるためには、知られる努力も少し必要だった。
「隠れ家やけど、隠れすぎてもあかんか」
博之は一人でつぶやいた。
満席でなくていい。
行列もいらない。
毎週、三人か四人。
その小さな安定を目指して、店は二か月目へ進んでいた。




