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2026年10月1週目。 集客できるおじさん コンカフェ店長と話し合い

 十月最初の土日を迎える前、博之は久しぶりに馴染みのコンセプトカフェへ遊びに行った。

「おじさん、いらっしゃいませ」

「どうも。今日は客として来ました」

「今は店長同士の視察じゃないんですか?」

「六席のカレー屋と一緒にすんな」

 女の子に案内され、いつもの席へ座る。

 以前なら、仕事や動画の愚痴を話すために来ていた。

 今日は鞄の中に、九月の営業結果を印刷した紙が入っている。

「店、どうですか?」

 店長が尋ねてきた。

「とりあえず、一か月目は終わりました」

「潰れてない?」

「まだ潰れてへんよ」

「お客さん、ちゃんと来たんですね」

「予想より人数は少なかったけどな」

 博之は鞄から数枚の紙を取り出し、テーブルへ広げた。

 売上。

 日別の来店人数。

 客の滞在時間。

 カレーの販売数。

 材料費や酒代。

 家賃と消耗品。

 Excelで作った簡単な集計表だった。

 店長は紙を手に取り、数字を追った。

「ほうほうほう」

「何ですか、その経営者みたいな反応」

「経営者ですからね」

「俺も一応、経営者やけど」

「二人とも小規模経営者ですね」

 女の子が横から言い、三人で笑った。

「三週間で売上十五万円ぐらいです」

「結構あるじゃないですか」

「事前の強気シナリオより、十万円ほど少ないけどな」

「日曜の夜、ほとんどやってないんでしょう?」

「一回、予約が入って開けたぐらいです」

「それなら大したもんですよ」

 店長は経費の欄を指でなぞった。

「家賃と材料費、酒、雑費で十万円」

「そうです。残り五万円を俺の給料と考えたら、内部留保はほぼゼロです」

「でも九月は、営業が一週少なかったんでしょう?」

「せやから、丸々一か月回したら、一週分ぐらいは余裕になるかもしれん」

「ええやないですか」

「開店直後の珍しさで来てくれてる可能性もあるけどな」

「おじさん、相変わらず喜び方が地味ですね」

「浮かれて金使って失敗した経験が豊富やからな」

 店長は苦笑しながら紙を置いた。

「でも、客数が少なくても売上が立ってるのは強いですよ」

「滞在時間が長いんですわ。二時間、三時間いてくれる人が多くて」

「やっぱり、食事よりおじさんと喋る店になってますね」

「カレーは、まあまあの味ですから」

「自分で言うんですね」

「もう認めました」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 博之は、新しく考えている日本酒の話もした。

「抜き物が全然ないんで、獺祭の二割三分を置こうかなと思ってるんです」

「急にええ酒ですね」

「小瓶を二本ぐらい。仕入れが千五百円前後なら、一本六千円で」

「みんなで開ける感じですか?」

「そう。チップがほとんど使われへんから、チップ代わりに一本入れてもらって、

 その場にいる人で飲む」

「おじさんも飲むんでしょう?」

「当然、品質確認は必要やろ」

「自分が飲みたいだけやん」

 女の子たちが笑う。

「でも、やり方としてはありやと思いますよ」

 店長が言った。

「現金でチップを入れるより、酒を一本開ける方がお客さんも理由を作りやすいですし」

「ララちゃんが、シャンパン置きたいって言ってたのもあるんですわ」

「ああ、日曜夜にイベントをやりたい人ですね」

「まだ決まってないけどな」

 ララが一日だけ店に立つ場合、売上をどう分けるのか。

 博之は、そこがまだ整理できていなかった。

「今の案では、店に八千円残してもらって、それ以上はララちゃんに渡そうかなと」

「かなり女の子側に寄せますね」

「客はララちゃんが呼ぶわけやからな」

「例えば三人呼んで、カフェ・ド・パリが三本入って三万円売れたら?」

「店に八千円。残り二万二千円をララちゃん」

「うちより取り分いいですよ」

「その代わり、うちは何も集客してへんから」

「でも場所、設備、冷蔵庫、グラス、酒の管理、片付けはおじさん側でしょう?」

「そう言われると、八千円でええんかとは思う」

 日曜夜は、自分で営業しても二万円ほどの売上が立つ可能性がある。

 そこを人に任せて八千円だけ受け取れば、店としては売上が減る。

 ただし、博之は休める。

 自分とは違う客が店に来る。

 ララにもまとまった収入が入る。

「結局、その人が何人呼べるかですよ」

 店長が言った。

「三人を毎回呼べるなら、女の子に多めに渡しても店に価値はあります」

「一回だけ三人来て、次は誰も来ませんやったら続かんしな」

「そうです。イベント一回の取り分と、継続する場合の取り分は分けて考えた方がいいかもしれません」

「最初はお試し価格でもええか」

「でも、お試しをずっと続けたらあかんですよ」

「そこは、うちでカレー五百円にしようとしてた時と同じやな」

「ようやく学びましたね」

 ララ自身も、鬼のように稼ぎたいわけではないかもしれない。

 昼の仕事もある。

 空いた日曜に四時間ほど店へ立ち、二万円前後受け取れれば、本人にとっては十分な可能性もある。

 だが、それは本人と話さなければ分からない。

「向こうにも希望額あるやろうしな」

「そこを最初に聞いた方がいいですよ」

「俺が勝手に二万円で喜ぶやろと思っても、三万円欲しいかもしれんし」

「逆に、一万円でも一回やってみたいかもしれません」

「金の話、難しいな」

「店やるって、そういうことです」

 店長は、改めて集計表を眺めた。

「今の店って、おじさんの発信でしか集客してないんですよね」

「ほぼそうです。通りすがりは来ません」

「そこは強みでもあり、弱みでもありますね」

「おじさんに飽きられたら終わりやからな」

「でも逆に言えば、おじさんが客を連れてこられるうちは、場所が多少悪くても店が回る」

 YouTube。

 小説。

 これまで積み上げてきた発信。

 ネット上の数字が、実際に六席の店へ人を運んでいた。

「野良のお客さんを集め始めると、ややこしい人も増えますよ」

「今のところ、嫌な客が一人もおらんのはありがたいです」

「それ、おじさんのファンの民度がいいんですよ」

「俺の人徳?」

「そこまで言ってないです」

「今、人徳って言ったやん」

「由来はおじさんかもしれませんけど、これから一般客を増やすなら気をつけてくださいって話です」

 酒癖が悪い。

 料金に文句を言う。

 他の客へしつこく絡む。

 博之との距離を必要以上に近づけようとする。

 ファン中心の今は問題がなくても、店の存在が広がれば、違う客も入ってくる。

「嫌な客を入れないのも、店づくりですからね」

「客を増やすより難しそうやな」

「六席しかないから、一人変な人がいたら全部の空気が変わりますよ」

「今度、ルール考えますわ」

「入店時に誓約書を書かせたりせんでくださいよ」

「住所と勤務先ぐらいは」

「重すぎるわ」

 また笑いが起こった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ただ、日曜夜はもったいないですね」

 店長が言った。

「予約を増やすか、ララさんみたいな人に一日イベントをしてもらうか」

「そこが次の一手かなと思ってます」

「その次は平日営業?」

「まだ早い。平日まで借りたら家賃六万円やから」

「でも、おじさんなら、そのうち一週間借りそう」

「何で勝手に広げるんですか」

「人を集められるのは強いですよ」

 店長は少し考えてから続けた。

「売上が毎月きちんと立って、帳簿もあるなら、将来的にお金を借りて

 別の店をやることもできるかもしれませんね」

「いやいや、俺、今破産中ですけど」

 一瞬の沈黙のあと、女の子たちが吹き出した。

「そうやった」

「一番大事なところ忘れてました」

「銀行に行ったら追い返されるわ」

「でも青色申告、何年もやってるんでしょう?」

「やってるけど、それと信用は別や」

「商工会議所に入って、何年か実績を積んだら、先は分からないですよ」

「何年先の話してんねん」

「その頃には、二号店かも」

「二号店の前に、この店を半年続けさせてくれ」

 女の子の一人が、笑いながら言った。

「そこで力を蓄えて、最後はメシアになるんですね」

「何で店から救世主になるん?」

「孤独なおじさんたちを救うんでしょう?」

「俺が一番救われたい側や」

「でも、もう人集めてますやん」

「カレー五食やぞ」

「五食から始まる宗教」

「縁起でもないこと言うな」

 店内が笑いに包まれた。

 博之も笑いながら、テーブルの上の集計表を畳んだ。

 売上十五万円。

 給料五万円。

 日曜夜の空き時間。

 ララとの取り分。

 獺祭の二割三分。

 課題はいくつもある。

 先の話を考えれば、店を広げる道もあるのかもしれない。

 だが、今はまだ十月第一週だった。

「まあまあ、堅実にやりますわ」

 博之は集計表を鞄へ戻した。

「まずは今週も、カレー五食です」

「メシアになる前に?」

「メシアにはならん」

 そう言いながら、博之は自分の飲み物を一口飲んだ。

 大きな夢を語るのは簡単だった。

 今の博之に必要なのは、次の土曜日も店を開けることだった。

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